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2012年11月 8日 (木)

OSJ八ヶ岳スーパートレイル100マイルレース【準備編】

OSJ八ヶ岳スーパートレイル100マイルレースの100マイル部門を走ってきました。結果から言うと時間内完走できました。しかし、160kmに至るまでたくさんの事があり、とても1回では書ききれないので、

【準備編】
【装備編】 ←一部マニアからの早く書けというプレッシャーを感じている…
【大会編】

の3回に分けて書いていきます。

その前に…

今回、完走率が2割台で大量のリタイア者が続出したことや、最低気温-10℃の世界。という数字が先行して「過酷な」イメージと、一部水だけで無人のエイドがあったとか(その前のエイドでアナウンスはあったのだが)OSJ運営への批判が一部であるようだが、最後まで走った自分としては他のレースと何が違うのか?いまだにわからない。たしかにキツイかもしれないが、100マイルレースで楽なレースは無い。そして、そもそも我々がやっているコレは日中の街中を数時間だけ走る優等生なスポーツではない。水と食料を背負って、寝ないで山の中を160km走破するスポーツと呼べるのかどうかわからない"何か"だ。24時間寝ないで160kmを走破しなければならないレース設定がある時点でもう普通じゃない"クレイジーな何か"なのだ。水が無ければ泥水を啜るくらいの覚悟や、寒ければ落ち葉を集めて服の中に入れるくらいの気合いが無いなら、こんな"クレイジーな何か"に参加しない方がいいんじゃないか?と思う。

かつて、嵐で客が路頭に迷いパニックと化したフジロックも第1回に自分はその中にいた。ゴアテックスの雨具を持っていいた自分でさえ、服の中がびしょ濡れになり寒さで命の危険を感じた。当時、日本にはフェス文化などなく、雨なのにハイヒールで雨具も無く来た客もいたり、散々に批判されながらも開催の継続を続け、今となってはベビーのいるファミリーでも参加できる一大メジャーなフェスになり、フジロックが無い人生が考えられない人がいるほどの存在となっている。何が言いたいかというと、回を重ねる毎に洗練されていくものであり、第1回目から100点出せ、というのは無理。日本のトレイルランの歴史もまだ始まったばかりであり、参加側の意識と開催側の意識のズレがあったり、意識の浸透が行きわたっていないと思う。これは回を重ねていくことで経験者が増え、スタッフやボランティアも慣れていき、埋まっていくのだと思う。場所やレースが違えば勝手も全然変わって来るはずだ。

日本初の100マイルレース(おんたけ100マイル)を最初に企画しただけではなく、トレイルラン黎明期を支えたOSJが無ければ今、現在の日本のトレイルラン文化の発展は無かった。是非、今回の一部の批判に負けずに今後も継続して、「
俺がルールだ」と言ってしまえるくらい厚顔に、そして魅力的なレースを企画する方向に進んでもらう事を切に願うばかりだ。(参加側もそれらに対する何らかの協力をしていかなければならないが)

レースに関するまとめは、また最後に書く予定。

では、早速本題へ…

《エントリーのきっかけ》

2011年に開催予定だったUTMFが東日本大震災の影響で延期になり、1年半待った今年5月のUTMFを仕事でDNSした悔しさから、今年中にどうしても100マイルレースを走っておきたいという思いから大会の制限時間やコースを調べないで勢いでエントリーしてしまった。

100マイル(160km)なのに制限時間が30時間(当初28時間)

OSJだけにエイドはあまり期待できない

時期は11月の八ヶ岳

160km無いUTMFでさえ、30時間で走破したのは完走した約600人中約60人。1割に過ぎない。

この厳しいハードルを越えられるランナーは日本に何人いるのだろうか?

完走率は良くて3割くらいでは無いか?(もし雨や雪でも降ったら1割くらいか?)

自分がその中に残るにはどうしたらいいだろうか?

しかも初の100マイルレースで?

…勢いでエントリーした事を後悔していた。


《自身のコースタイム分析》

累積標高は正確にはわからなかったが、今年9月の信越五岳110kmでの自分の平均ペースで進めても調子が良くても28時間台と独自の試算が出た。しかし、八ヶ岳スーパーは信越五岳と違って防寒着や食料を背負って走らなければならず、さらに見積もりに1時間~2時間追加しなければならない。そうなると30時間のリミットをギリギリ行けるかどうか、むしろ疲労によるパフォーマンスダウンを考えると、時間内にゴールへ辿り着けない可能性の方が高かった。(制限タイムを越えても160kmは走ろうという思いであったが)

そして、

デポはなぜか110km地点にある。

もっと手前なら早い段階で到着できるので初期装備を軽くできて負担を軽減できるのだが、これはOSJが敢えてそうしたのか?そうせざるを得なかったのか?わからないが、初期装備の選別を悩ませる絶妙な距離設定だった。

とにかく、考えれば考えるほど不安材料しか思いつかず、完走は難しいということだけが明確になっていった。それでも何か完走できる策は無いだろうか?残り数週間で劇的にパフォーマンスがアップするわけでもないのは分かっているが、何かを得られるかもしれないと思い、OSJが大会2週間前に企画した、鏑木選手がナビゲーターを務める「鏑木スペシャル!OSJ八ヶ岳トレイル合宿」に藁をもつかむ思いで参加をした。

 

《合宿編》

IMG_7517
10月20日(土)
合宿初日は実際のコースの約35km地点にある観音平から第一関門の約20kmの区間。鏑木さんナビゲートで20人ほどの参加者と休み休みトレイルを走った。予定されていた飯盛山には時間の都合で行かず、第一関門向かい側の清泉寮で呑気に名物のソフトクリームを食べて終了(笑)

10月21日(日)
合宿2日目は天気が良いからと、本来のコースとは全く違い、北八ヶ岳の紅葉を楽しむ麦草峠~縞枯山~双子池~プール平という約25kmのファンランで終わった。
Yatsu100m_kaburaki
(LARGE SIZE IMAGE⇒■)

この合宿で鏑木さんから何か秘策を伝授されたということはなく、ただ指導された事は、

「寒さ対策しっかり」

のみであった。

参加する殆どの人が意識していたことだったが、これについてどう対策したか?は次回の装備編で詳しく書きたい。

それから、合宿2日目の試走最終地点ゴール地点の「プール平」であった事から自分のゴールをイメージする事が出来た事。
IMG_7592
(プール平)

そして、何といってもこの合宿で出会った、130km地点の大河原峠でエイドを担当する

「スーパーすぽるちば」

の人達との出会いや、宿泊先でたいへん良くしていただいた

「ペンションおやまのえんどう」

の女将さんが第3関門の女神湖の担当であるなど、コースの要所要所に

「そこまで行かねばならない!」

と思える中間目標が出来た事。

どれもパフォーマンスを直接的に上げるものではない何気ない事柄なのだが、これらが実戦で大きなモチベーションとなった。

(ペンションおやまのえんどうはサービスと料理が素晴らしいペンションなので、白樺湖周辺はハイキングには最高なロケーション多く、家族や友人で是非利用して欲しい。)

~大会まで1週間~

そして、残り1週間でやれることといえば、以下。

①「大会までにできるだけ疲労を抜くこと。体調管理で風邪をひかないこと。」

②「あらゆる場面をイメージすること」

そして、

③「装備で失敗しないこと」

この3点に尽きた。

が、①の疲労抜きは失敗していた。
前週に代々木で開催されたアウトドアーズフリマのギアループマーケットに2日間参加して、立ち仕事だったので、これが意外に疲れを残してしまった(反省)。

②と③は共通する部分が多い。コースのシミュレーションは当然として、天気が良い時、天気が悪い時、食事がある時、食事が無い時、調子が良い時、調子が悪い時…自分の体力で解決できるものと装備で解決できるものがある。これらについては次回の装備編で書いていきたい。

・・・次回【装備編】へ続く

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