« 2011年8月 | トップページ | 2011年11月 »

2011年10月

2011年10月26日 (水)

信越五岳トレイルランニングレース110km (2)

(1)から続き…


関川をほぼ走り切り、

「ここで終わってもいい」

というのは奢った考えであった。関川走破で脚を使い果たしてしまったので本当に終わってしまいそうな状態であった。もう登りの脚は完全に終わっていた。その後の4Aまでのトレイルは平地が多く気持ち良く走れる平坦なトレイルの区間だが、ほとんど歩き通してしまった。これでは前々回の怪我をした時とほぼ同じ展開ではないか。成長があったようで、無かったような複雑な気持ちのままあの土管をくぐり51.5km地点4Aに到着。

これでもまだ110kmの半分に達していない。4Aで家族を探すが見当たらず。電話してみると妙高のホテルにいた。まだ着かないと思っていて休んでいたらしい。応援が初めてだから、こういう事はあるのは想定内だったので、ジェルは多めに背負っていたし、4Aの笹寿司をいただいたので食料は全く問題無かった。家族もいないので、トイレをすませ、歩きながら食べ物を食べつつ5Aに向かった。

黒姫の長い長いだらだらと続く林道を上りはじめた。ここも苦手なポイントだ。速い人はここも走っていってしまうのだろうが、自分は既に登りの脚は完売なので歩き通していいると、後からどんどん抜かれた。しかし、下りはまだ脚は残っていて、登りで抜かれた人を下りで抜き返すという攻防で水力発電のパイプの急坂に到達。走れそうで走れない傾斜より、絶対に走れないと思える角度の急坂の方が幾分楽に感じるのは何故だろうか?

パイプ横を登り切るとクロスカントリーコースに出る。ここからは走ろうと思っていたが、ちょっとした上り傾斜があるとすぐに歩きたくなってしまう。その時、背後から応援で待機していたISOさんに大きな声援をもらい、走りに弾みがついた。応援は本当にありがたい。そして開けた牧草地帯と背後の妙高山の組み合わせが本当に美しかった。

66km地点の5Aに到着。ようやく半分を越えた。今度は家族がスタンバイしていた。脚が本当に終わっていて、父と母に思わず脚のマッサージをしてもらった。本来なら逆にしてあげるべき立場なのだが…。4Aでたっぷりと休みをとっていると、jirowさんが顔色悪く立っていた。低体温症になってしまい、少し休んでいるとのことだった。たしかにこの日は風が冷たかったが、自分は暑がりなので逆にこの寒さは有利に働いていたと思う。細い人には寒さはこたえたかもしれない。

補給を済ませ、6Aに向けて出発。ダムの階段をのぼり、トレイルにはいったが、まだ走れる状態になっていなかった。途中、同じくらいのペースの選手と話しながら進むことができ、その彼も自分と同じく前日まで仕事でほとんど寝ずにスタートしたという話を聞いたことで、自分だけでは無いと思うと徐々に力が湧いてきてさらにペースは復活してきた。

足場が悪くグチャグチャの黒姫上りではあったが、走りと歩きを混ぜた良い感じのペースで黒姫を上り切れた。このペースなら鏡池に明るいうちに行けるかも?という期待感があったが、日は間もなく落ち、ヘッドライトが無いと進めない状態となると、木の根が複雑に絡んだトレイルは滑りやすく、この黒姫の下りでは思ったほどペースは上げられず、鏡池の景色を見る事は叶わなくなってしまった。ここで復活したjirowさんが猛烈に追い上げてきて合流。しばらく並走していた。

鏡池の景色は拝めなかったが、日没ギリギリ手前の古池に降り立つと、池はアメンボの波紋すらなく鏡のような状態になっていて、逆光の陰になった木々と少し雲った空とが映りこみ、上下を鏡に挟まれて空中を走っているような不思議な感覚になった。この霧でかすんだ完全にモノトーンのグラデーションで構成された景色はまさに東山魁夷の風景画そのものだった。長野を愛し長野に美術館がある程の東山魁夷は本当にこんな景色を見て描いたのだなと合点がいった瞬間だった。鏡池とは違った、古池である瞬間にしか見られない幻想的な景色が見られ得した気分になった。

その後、日は完全に落ちてしばらく走って81km地点の6Aに到着。

Sfmt02

(3)続く…


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月25日 (火)

信越五岳トレイルランニングレース110km (1)

東日本大震災の影響で今年エントリーしていた大会が軒並みキャンセルとなってしまい、気がつけばロードもトレイル併せてレースに出るのは約1年半ぶり。そして、その1年半ぶりの大会がいきなり110kmという事になってしまった。

前日のレセプションには参加できず、朝はトイレの行列で待っているだけで時間が過ぎ、久々に会える仲間に挨拶も満足にできず、あれよあれよとスタートラインに並んだ。

IMG_2871

今回のレースで一番違う事は、両親と姉と甥っ子がサポーターとして応援に来てくれた事。トレイルレースを見るのも初めてで、応援の仕方も全くの素人。実家にもあまり顔を出さないので今回は家族とエイドで過ごす時間を大切にして、最後はみんなで手をつないでゴールすること。ただそれだけを思って後方からゆるゆるとスタートした。

トレイルランを知らない両親はトレイルランとはファイト一発!的な危険なスポーツだと思っている節があった。危険じゃ無いといえば嘘になるが、スポーツはそれぞれ危険さがつきまとうので、トレイルランだけが際立って危険なわけではない事を実際に見てわかってもらいたかった。

そして、もうひとつの個人的な目標は「関川(約7kmの川沿いの砂利道)を走り通す」こと。前々回の第一回の信越五岳では苦しくて関川を走れず、その後に中足骨を疲労骨折して4Aでリタイヤするという体験があり、自分の中では信越五岳の思い出は関川で終わっていて、関川に対するトラウマが2年間強く残っていた。なので何としても関川を走り切っておきたかった。

1年半も大会から離れると、自分がレースでどうやって走っていたか?という事は完全に忘れていた事に走りはじめて気がついた。はたして110km走り切れるだろうか?不安を抱えたまま、序盤はゆるいジョグペースで走る。しかし、久々のトレイルを走れる事が信じられず、走っていると時間がスローモーションになったように感じ、木々の葉1枚1枚が鮮明に見えた。不安よりトレイルを走れている事の嬉しさが勝っていて、いつしか不安は無くなっていた。…そんな晴れやかな気持ちでいた矢先にコース上の蜂の集団の中に突入してしまい、腕を蜂に刺されてしまった。そう簡単には完走させてくれないらしい。刺された箇所はズキズキと痛み、いきなりのアクシデントで凹むが、逆にその痛みで疲れや脚の痛さが紛れればいいとプラス思考に転換した。3,40分走って1Aに到着し、ドクターに患部を診せると心配ないとのことで、一安心して先に進む。

斑尾をぐるっと1周する頃には身体もようやくトレイルの感覚を取り戻していた。速いペースでは無いが体幹を使った走りが出来ていて、体調は良くノーダメージで2Aに到着。エイドに家族がいる事に慣れておらず、少し恥ずかしさを感じた。

IMG_2889

その後袴岳を攻略し、袴岳の長い下り林道もイーブンペースで進み3Aに到着して宿敵の関川に来た。宿敵3Aの前に家族との団らん時間を十分にとって、食べ過ぎるくらい食べ物を食べて宿敵関川へ向かった。

序盤は軽快に進むも、上流に向かっていて傾斜があるだけに、中盤手前から脚の筋肉が悲鳴をあげはじめる。心拍は制限値よりプラス5オーバーしていたが、「打倒関川!」の目標があり意地を張って走り通す事を優先した。後半は脚がプルプルと足攣り手前の状態になっていたが、そのまま無理して関川の最後の橋を渡ったところで脚が攣りはじめてしまった。目の前に見えるトレイルに入るまでキッチリと走り通したかったが脚が攣ってしまったのでそこから歩きはじめた。しかし、9.8割は走り通せたので満足だった。一つの目標を達成できたので、もうここでレースは終わりでいいんじゃないかとさえ思っていた。

Sfmt01_2


(2)へ続く…

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2011年8月 | トップページ | 2011年11月 »