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2012年11月27日 (火)

OSJ八ヶ岳スーパートレイル100マイルレース【大会編】

(※スマートホンで見る場合は最下のPC表示ボタンを押すと見やすいです)

大会から3週間ほどたってしまいましたが、ようやく書きあげました。今回はレースでは1枚も写真を撮らなかったので、全て撮ってもらった写真です。

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《レースデータ》
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「OSJ八ヶ岳スーパートレイル100マイルレース」

<場所>長野県、山梨県の八ヶ岳山麓エリア
<開催日>2012年11月3日(土)・4日(日)
<距離>100マイル(160km) [蓼科~蓼科]
<出走>出走510名、完走138名(完走率27%)
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<制限時間 >
◎100マイルコース
第1関門[清里](54km)           スタート後12時間 17:00
第2関門[松原湖](96km)       スタート後18時間 23:00
第3関門[女神湖](145km)       スタート後27時間 08:00(4日)
最終フィニッシュ(162km)        スタート後30時間 11:00(4日)
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<全体MAP>

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<MAP 1/4>

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■[スタート前] プール平
朝3時半に宿泊した「ペンション蓼科」さんの車でスタートラインまで送って行ってもらえる予定であったが、目覚めたのが3時を過ぎた時。目ざましを無意識のうちに消して二度寝してしまい完全に寝坊してしまった。ウェアは着込んで、テーピングも済ませて寝ていたので、慌てて荷物をバックに詰めてロビーに降りた。出だしからいきなり失敗の予感。。。ペンションから会場のプール平には直ぐに着いた。プール平の気温は-5度。待っていると体が冷えてくるが、待機中に スポーツバルム レッドを塗っていたのであまり寒くならずに済んだ。待っている間は屋外用ストーブ横にいたのでダウンは着なかった。

今回初の100マイルということで、トレラン仲間であり、100マイラーの先輩からあるアドバイスをもらっていた。

「100kmまではウォーミングアップ


国内外数々の100マイルレースで上位入賞しているタフなtomoさんでさえ、毎回120kmになると精神的にも肉体的にも本当に辛くて走りたくなくなる状態になるという。この言葉を胸に、先ずは100km地点に自分をノーダメージで運ぶことだけを考えていた。そして、これまで最高の連続走行距離である110kmから先の自分はどうなるのだろうか?自分にも120kmに棲む魔物は現れるのだろうか?160kmという途方もない距離を実感できず、他人事のような感覚のまま、朝5時ジャストにプール平をスタートした。

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(朝5時頃 スタート地点のプール平)

■[スタート]  プール平~蓼科湖湖畔
真っ暗な夜明け前のロードにシャリンシャリンとたくさんの熊鈴の音が響きわたっている。中盤位の位置をキープ。どうせ上がるんだから、こんなに下らせないで欲しいと思うくらいとにかくロードをひたすら下る。蓼科湖を過ぎてしばらく行くとちょうど日の出の時間になった。朝のひんやりと澄んだ空気を吸いながら八ヶ岳の麓を走るのはなかなか気持ちが良い体験だ。着込んでいることもあり、寒さはそんなに感じなかった。


■[第1エイド] 岳麓公園 (約8km)~
最初のエイドでいきなりクリームパンとモンスターエナジーが出た。寝坊したので朝食が満足に食べられなかったから嬉しい。このエイドに到着した時にライトが要らなくなる明るさとなり、ライトをしまって再びロードをひたすら走る。左手に南北にどっしりと連なる八ヶ岳の稜線が太陽の光でクッキリと照らされてとても綺麗。八ヶ岳は過去に何度か登っているが、こうして少し離れた麓から見ることはなかったので新鮮だった。


■[第2エイド] 八ヶ岳自然文化園 (約18km)~
ロードが続くだけに第2エイドにも直ぐに到着。エイドでトマトが出るがパックの中の補給食を減らして軽くしたかったのでパワーバーを食べる。エイドに応援のハリマネさんとかほるさんがいた。いつもは速い旦那様達のサポートなので、こうして出会う事は殆どないのだが、今回は100マイルだけにみんなスローペースで入っているようだった。この後、信玄棒道トレイルに入る。名前の通り棒のように真っ直ぐなトレイルでアップダウンが殆どなく、とても走りやすいトレイルだ。紅葉の木々を太陽が照らしてとても綺麗な秋のトレイルを堪能した。

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(八ヶ岳自然文化園前にて) photo by harimane-san

■[第3エイド] 八ヶ岳登山歴史館 (約32km)~
ここで信越五岳でペーサーをしてくれたモッシーが応援に来てくれた。9月の信越五岳を思い出す。飛ばしているつもりは無かったが、自分はモッシー予想時間(下図)より早く着いてしまったようだった。太陽が上がって暑くなってきたので、ミッドレイヤーのフリース(キャプ4)を脱いでジャケットとシャツのみにした。ここのエイドは水だけだった。今回の大会ではエイドでは何が出るか詳しい情報が無いので、ありそうと思ったところに無かったり、無いと思っていたところが豪華だったり、行ってみないとわからないお楽しみ状態。

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(モッシー予想タイム)


■[第3エイド](32km)~観音平 (約38km)
第3エイドから観音平の8kmは苦手な登りのロードだ。ここで走ると脚が終わりそうだったので殆ど歩き通した。

<MAP 2/4>

Map02d

◆観音平(38km)〜
観音平から第1関門までは合宿で既に走っていたのでコースはだいたいわかっていた。合宿の時はあっという間に終わってしまい、この区間はボーナスみたいな区間だと思っていた。しかし、40km程走ったあとに入るトレイルはなかなか厳しくて、斜面を何度も登っては降りて、登っては降りての繰り返しがキツく、立ち止まって何人も先に行ってもらった場面もあった。合宿の時はこんななに登ったかな?こんなに厳しかったかな?コースが違うのではないか?と思うくらいだった。長い登りになる前にジェルを飲み、登っている最中に柿の種を食べ、の繰り返しをおこなった。


■[第4エイド](45km)~
アップダウンの連続が終わりようやく下り基調になり、天の河原の第4エイドに到着。チームROD5名によるのサプライズ応援があり、手作りの応援ボードを用意してもらっていてとてもテンションが上がる!さらにsasashinさんくりすけさんからも応援を貰い、水だけのエイドだったが応援がとても力になった。ペース的に30km,40kmのトレイルレース的なペースになっていて、みんなと会うまではこのレースが100マイルレースであるという事を忘れていたので、ここで改めて100マイルレースである事を再認識してゆっくりペースに戻した。

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(手作りボード)

◆天の河原~美しの森~第一関門(55km地点)
ここも合宿で通過していたのでだいたい知っているつもりだったが、やはり繰り返しのアップダウンがあり、易々と楽なコースでは無かった。天気は合宿の時も良かったが、今回はさらにその上を行く天気の良さでサングラスを持ってきて正解だった。紅葉の美しいトレイルが終わり、林道を30分ほど下ると全コースの1/3にあたる第一関門に到着。


■[第1関門]  八ヶ岳自然ふれあいセンター (54km) <制限時間:17時>
昼の12時50分頃に到着。予定より40分程早かった。関門を通過して、先ずエイドのテーブルにズラリと並ぶグレープフルーツとバナナに圧倒される。とにかく食べられるのは今しかない!と思ったのでガンガン食べまくる。そして夢中で食べていると、エイドの向こうからチームすぽるちばのshinさんから声がかかり、そちらの私設エイドでもポテトチップスや温かいスープを戴く。自分が到着したときに丁度(すぽるちば)のりさん、石井さんが出発する時だった。そして、エイドをうろうろしていたら、jiroさんが体調が悪そうに横になっていた。この展開は2011年の信越五岳を思い出す。しかし、彼ならその時と同じように絶対復活して来るだろうと思っていた。お腹を満たして第1関門を出発。結局20分くらい長居をしてしまった。ロードをひたすら下って清里の駅まで下りる。清里に来たのは初めて。観光気分で清里の街を通過して、途中の自販機でコーラを購入。飯盛山へ入る。


◆飯盛山(60km)
夕方近くなので、下山してくる多くのハイカーとすれ違いたくさんの応援をいただく。当初は子供でも登れる緩い山と思っていたが、やはり60km走ってくると緩い山でもタフな山に大変身。息を荒くしながら登る。30分程ひたすら登ると稜線に出る。頂上らしきものが見え、あそこまで行くのかな?行きたくないな、途中からショートカットで稜線の反対側へ行く道に行かないかな?等と思っていたが、行きたくない頂上付近に向かって歩く選手が遠くに小さく見えて、やはりそこまで行かせることがわかって落胆。そして、しばらくすると背後から軽快なストックを突く音が聞こえてきた。振りかえるとjiroさんだった。やはり復活してきた。普段はずっと先を行く選手なのでこういう展開はめったにない。

「あれ?ストック無いんですか?」

実はスタート時にストックをドロップバッグに預けてしまっていた。背負っているパックの重さが水と補給食、防寒着であり得ない重量となり、

「ダウンジャケットをとるか?ストックをとるか?」

悩んだ末、前半はロードが多く、使いどころは飯盛山だけだと思ったのでストックを
ドロップバッグに入れてしまったのだが、もし仮にストックをもっていたら、この飯盛山でもっと楽だったはず。今思えばもう少し見直せばあと200gくらいの軽量化は何とかなったような気もする。飯盛山の頂上は通らないものの、頂上からほんの数百メートル手前で野辺山へ向かう下り道へ折り返す。頂上付近から見える夕日に映える八ヶ岳はとても美しかった。


■[第5エイド]平沢峠P(64km)~
飯盛山から野辺山駅へ降りるときに再びjiroさんと並走。同時に第5エイドに到着。ここは水だけ足してすぐに先へ進んだ。


◆野辺山ウルトラコース
野辺山駅にいくと、先回りしていたasashinさん、くりすけさん、かほるさんから応援を受ける。かほるさんからさり気なく自分の顔色を冷静かつ客観的に伝えてもらえるのが非常に助かった。さすが、旦那さんのサポート歴が長くツボを心得ている。

JR最高地点を通過して野辺山ウルトラのコースになる。前半は登り基調。トレラン仲間達はこんな登り基調が続くコースでサブ10(ウルトラマラソン9時間台完走。マラソンのサブ3的な意味)を記録しているが、よくみんなこのコースをサブ10ペースで走れるな、等と感心しながら初の野辺山コースを堪能。途中、臨時エイドが出現。この先のエイドは無人になり、水だけ置いてあるとアナウンス。ならば、ここで補給すれば問題無い。

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(JR最高地点:野辺山駅前にて) photo by kahoru-san


◆南八ヶ岳林道
林道も永遠と登り基調。jiroさんと話しながら歩きと走りを混ぜつつ進む。こういう単調なコースで話し相手がいることはとても幸運だ。徐々に陽が落ちて来て冷え込みが厳しくなってきたので、パックにしまっていたフリースを着て、グローブの甲からカバーを出してミトン状態にした。


■[第6エイド](80km)~
無人のエイドでは何人か立ち止まって補給していたが、ここはスル―。しばらくして登り基調の林道が終わり、ちょうど暗くなったのでライトを点灯。松原湖に向けて、ずっと下り基調の林道なので調子良く走った。途中、koichiさんに追いつく。彼も同じく普段では先を走っているはずの選手なので、本来ならお目にかかれないはずなのだが・・・今回は上位選手も苦戦する大変な事が起こっているレースなのではないか?と、ここで気づきはじめた。しかし、先は長い。初の100マイルレース。この先スローダウンするのは自分かもしれない。


<MAP 3/4>

Map03d

■[第2関門]松原湖  (96km)~  <制限時間:23時>
松原湖に向けてひたすらロードを下る。松原湖周辺の街を抜け、第二関門に到着(19:21)。予想タイムは20時50分だったので1時間30分ほど早く到着した。関門にはモッシーが再び応援で待機してくれていた。信越五岳で60km地点でペーサーとして待っていてくれた時を思い出した。モッシーとは何を話したか忘れてしまったが、誰かと話ができるというのは気分転換になり、再び走り出すことを新鮮な気持ちにさせてくれる。焚火で暖をとりながらエイドで地元の人が用意していた温かい味噌汁を2杯いただいた。ここでも先回り応援している、かほるさんがいて、顔色の状態を伝えてくれたが、むしろ先の野辺山の時より顔色は良いとのこと。

関門には焚火があり、選手たちがパイプいすに座って暖をとっていた。この焚火の暖のそばにいると根っこが生えそうな居心地の良さだった。焚火を囲む選手の中に1人、軽装で寒さに震えていて、ドクターから毛布を被されて休憩所に向かった選手がいたが、あの軽装でこの寒さで残り15km先のデポに到着は厳しいだろう。おそらく早い段階でデポに到着して防寒着をピックアップできると思っていたのだろう。山はそんなに甘くない。途中会ったkoichiさんやチームすぽるちばの面々、Jiroさんらが続々と第二関門に到着。ムードメーカーが集結し関門は一気に賑やかになった。お腹を満たし、モッシーと完走の約束を交わし(RODメンバーの応援はここで最後となる)体が冷える前に自分は一足先に出発した。

第2関門を出て100km地点を通過。
次のデポまでロードが続く。時々車が通り過ぎたが、レースを知らない人はライトをつけた人がこんな真夜中に山の中の道を走っている光景は驚くに違い無い。真っ暗なロードは単調なので用意していたイヤホンで音楽を聴きながら走った。空には雲が無く、星がたくさん輝き、月明かりが八ヶ岳周辺の山々の稜線を照らし、その下に街の灯りがあり、幻想的な景色だった。その風景と音楽がバッチリとはまってとても楽しめた。


■[第7エイド]八千穂レイク(110km)~ <デポ>
ひたすら下り切ると110km地点の八千穂レイクのデポに到着。極寒の中、ボランティア参加のDMJのISOさんがたった一人でドロップバッグの受け渡しに悪戦苦闘中。ここのエイドは何故か他に比べて人が少ない。人手が足りなくてエイドにも余裕が無いという感じだったが、あたたかい麦茶を用意してくれていたのでとても助かった。

荷物を受け取り、暖房の効いていない室内で着がえと補給食、装備交換をおこなった。長持ちする高価なリチウム単3電池を使っていたが、ローバッテリーランプが点滅していたので電池を交換。ドロップバッグから待望のストックを取り出す。追加したウェアはロングパンツをタイツの上から重ねてはいたのみ。そして、ソックスを交換した。相変わらずダウンジャケットはパック奥底の重石だった。こいつの活躍場面はいつだろうか?

デポ袋にいれていた夕食のおにぎりを楽しみにしていたのだが、かぶりつくと凍っていた。凍ったおにぎりを外の焚火で溶かして焼きおにぎりにできるか?と思いきや、火に突っ込んでもなかなか焼きが入らない。とりあえず表面が温かくなったので、再びかぶりつくと中央がシャリシャリに凍っていた。しかし時間も無いので半分凍ったおにぎりを食べた。同じくデポに預けていたサーモスの温かいコーヒーは、冷めないように保温袋に入れ、さらに保温シートでグルグル巻きにしていたのに、温い状態だった。しかし、それを飲み干した。ドロップバッグはまさか地べたに置かないよね?と思っていたが、事前に確認をすべきだった。訊かなかった自分が悪かっただけだ。

エイドにあった熱々の麦茶で身体を温めて、それサーモスに継ぎ足して今回のハイライトとなる大河原峠へのアタックへ出発。距離は110kmを過ぎたあたり。ここからまだ体験した事が無い未知の領域となる。さすがに疲れていたが、脚にダメージは無く体調も問題無い。身体への冷えはどこにも感じない。まだまだ行ける感触があった。


■[第8エイド](125km)~
ロードをひたすら下って。大河原峠に向かう林道入口にエイドがあり、再び温かい飲み物をいただく。事前には水だけと言われていたエイドだが、10~15km毎にある各エイドで温かい飲み物をいただけているので助かっていた。林道に入って登りになるのかと思いきや、さらに下る。途中、デポで先に出発したチームすぽるちば石井さん、のりさん、稲葉さんらが立ち止まってマップを見ている。みんな下りが長いので本当にこのコースで合っているか?不安になって地図を確認していたらしい。iPhoneのGPSを見るとコース上にいる事を確認。少し走ったらコース目印があり、一安心。ここからチームすぽるちばの3名と行動を共にしながら進んだ。林道を下りに下って、ようやく傾斜が逆転。今回のレースのハイライト、大河原峠に向けてストックを突いて登りはじめた。

登りなので殆ど歩きではあるが、少しでも緩い傾斜になると石井さん、のりさんらは走りだす。さすがいつも上位に入る選手達の走りだ。この12km以上もある大河原峠の登りは本当に長かった。2009年のCCCで味わったモンテ峠での苦しさ以上に長く厳しい登りだった(ちなみにモンテ峠は7km)。とにかく3名に食いついて行った。途中、林道を救急車が静かに登っていき緊張感が走る。どうやら停滞している選手を収容したようだ。動き続けていれば寒さはそう厳しくないが、何かアクシデントや体調不良で停滞すると寒さは一気に身体を蝕むように侵入してくる状況にいた。そして、あと7kmくらいで大河原峠に到着というところで急激に睡魔に襲われてペースダウンしてしまった。今回最も前に進むのが困難な状態となり、ここで3人から徐々に遅れはじめた。距離的にはちょうど120kmくらいの地点だ。

「これがtomoさんの言っていた、120kmに棲む魔物なのか?」
 
身体が眠くてパフォーマンスが低下した状態で、さらに高度が上がったことで急激に冷えてきて手が冷たくなったしまった。もうすぐエイドだからと我慢していたが、手の冷たさに耐えられなくり、立ち止まってパックをあけて思わずフリースのグローブを追加。開けたついでにメイタンCCC200を投入。そのおかげでしばらく歩いていたら睡魔が徐々に収まったが、手の冷たさはなかなか回復しなかった。更にジャケットのフードを被り首への冷気をシャットアウト。この日最高の防寒装備体制になったが、ダウンジャケットはまだパックの底にある。しばらくして林道の傾斜が緩くなり、難所の終わりを予感させた。そして、大河原峠の「スーパーすぽるちばエイド」の明かりが見えた時は本当にオアシスに見えた。石井さん、のりさんら、すぽるちばのメンバーとほぼ同時に到着したのでエイドは気温-10度であることを忘れる程の大盛り上がりとなり、大河原峠の辛かった疲れは一気に吹き飛んだ。(以下、その到着時の映像)

(映像解説)
レース最高地点であり、最低気温地点の大河原峠に深夜4時頃に到着した生々しい映像。自分は12kmの大河原峠を登った直後で余裕が無かったため全く言葉無し。ちなみに、映像内でのりさんやshinさんらが素晴らしいコメントを連発しているが、彼らのOSJ愛とカメラサービス溢れるものだ(笑)
<撮影:shinさん>

■[第9エイド]大河原峠(135km)~
大河原峠のスーパーすぽるちばエイドでは合宿でいっしょになった塾長やみかんさん、そしていつもお世話になっているこあしす山民会の方々からエイド到着の歓迎を受け、沢山の食べ物と温かいスープ、コーヒーをいただいた。普段バリバリにトレイルレースを走っている凄い人達が作るエイドは「流石わかっている!」というツボを抑えた品々が並ぶ今までのレースで最高のエイドだった。2週間前に参加したOSJ直前合宿では鏑木さんから秘策の伝授は無かったが、この大河原峠のエイドで頑張る人達に会いに行くぞ!というモチベーションが出来た出会いそのものが秘策だったと言っていい。エイドのみんなとしばし話をしていると、まだ80人くらいしか通過していない等レース情報を得る。自分は関門時間もそう余裕が無い位置にいるはずなのに、約500人出走していならがらまだ100人も到着していないというのは異常事態だ。残りあと約30km。体力的にもまったく問題無く、ここを下って12kmも進めば女神湖だ。

「120kmに棲む魔物に勝ったのか…?」

油断したわけではないが、ほぼ勝ったと思った。しかも予想ゴールタイムの28時間台を大幅に越えられるかもしれない。もう少しエイドに長く居たい気持ちもあったが、身体が冷えないよう胃袋も満たして意気揚々と出発したのだが…数百メートルのロードを下っていると足首に異変感じ始めた。

「嘘だろ?」

突然両足首が痛くて走れなくなってしまったのだ。今までに発症した事が無い痛みだった。脚が攣ることもなく、足を捻ったわけでもなく、足裏痛や膝の痛みが出ないように丁寧な足置きを心がけていたし、なぜそうなったのか?いろいろ考えるも原因がわからなかった。気力も体力も充分だったが、110kmから先の知らなかった自分の身体的限界はどうやらここまでだったようだ。

「やはり、120kmに棲む魔物はいた」

ということだ。
100マイルはそんなに甘く無かった。これが100マイルの洗礼か。足元を掬われたとはまさにこの事だ。

しかし、走れないが歩ける脚はまだ残っている。
持っているロキソニンを投入して歩きながら様子を見る。30分もすれば痛みは収まるはずだ・・・と思って進んだが、痛みが収まる気配は無かった。しばらくすると林道からトレイルに入り、そこを抜けると見晴らしの良い女神湖手前のスキー場の斜面を下るコースに出る。ここはふかふかトレイルで、本来ならガンガン快走できるはずなのだが、一歩一歩着地する毎に思わずウッと呻き声が漏れた。しかし、ここでリタイヤしようという気は全く無かった。意地でも160kmという距離に負けたくなかった。

スキー場斜面を下り切ると女神湖湖畔へ到達。ちょうど日の出が女神湖を照らし出し、朝の光を浴びながら澄んだ空気の女神湖の周回コースをトボトボ歩いているとハリマネさんがカメラを構えて立っていた。なんと、自分はハリ天さんより先行しているらしい。どこで抜いたのだろう?もう1名、普段は先行しているはずの選手の苦戦状態を間接的に知る。やはり今回の大会はとんでもない事があちこちで起こっているのだ。

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(女神湖湖畔にて) photo by harimane-san

<MAP 4/4>

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■[第3関門]女神湖  (145km)~  <制限時間:8時>
朝5時59分、女神湖の第3関門に到着。(予想タイム6時20分)
約束通り合宿でお世話になった「ペンションおやまのえんどう」の女将さんに到着の挨拶。顔を憶えていてくれたようで、約束の到達を果たせてホッとした。このエイドはテントの周囲をビニールで囲っていて、中はストーブで暖かく、椅子に座っていれば地元の綺麗なお姉さん達がおにぎりやトン汁も持ってきてくれるというまさに女神湖と言っていいVIP待遇を受ける。先のすぽるちばエイドと同じく、このエイドも今まで出たレースの中で最高のエイドと言って良い。そして、同時刻にエイドにいたのりさん、石井さんに足が痛くて走れない事を話したら石井さんが手持ちのロキソニンを全部渡してくれて、先に出発していった。自分も後を追うようにテントを出た。早くこのレースをやっつけて終わりたい。そんな気持ちでゴールに向けて第3関門を出発した。

ゴールまで残り15km。

しかし、薬を飲んでも足首の痛みは治まる気配は無く、ゴールまで完全に歩き通す覚悟を決めた。しかし走れば15kmはそう遠くない距離だが、歩きとなると果てし無く遠くに感じる。しかもこの後はトレイルになる。
白樺湖湖畔をストックを突いて歩いていると後方からjiroさんが来た。すっかり先行していると思ったら、大河原峠のテント内で休んでいたらしい。そのままjiroさんは先に走って行った。

■[第10エイド]白樺湖(150km)~八子ヶ峰
エイドにモンスターエナジーのフラッグ見えた。とてもじゃないが冷たい飲み物を飲みたい気温ではなかったが、ここのエイドではモンスターエナジーをホットにしていた。これが案外イケる!飲んでシャキッとしたところで最後のトレイルとなる八子ヶ峰へアタック。時間は朝7時半。制限時間の午前11時まで残り3時間半。距離12kmのトレイルを歩き通すとなると全く余裕が無い残り時間だった。

「歩くだけでは間に合わないかもしれない」

最後にまた試練が用意されていた。そして、制限時間に追われる展開となった。

トレイルで所々に段差があり、平地と違って余計な力が足首にかかるので厳しかったが、ストックを上手くつかって負荷がかからないように慎重かつ速度を落とさず進んだ。自作ストックが大活躍だった。元々UTMB用に製作をしていたが、このストックで他の人は既に100マイルを完走はしていたが、製作者である自分が100マイル未体験というのはマズいと以前から思っていた。それもあり、なんとしてもゴールしたかった。

「このストックとゴールするぞ!」

ゴールをイメージしてひたすらパワーハイクで進む。
八子ヶ峰の開けた稜線にひろがる笹尾根から円錐状の蓼科山を見渡せる景色はとても美しく、痛み無く走れたらどんなに気持ちがよかったことだろう。なぜスタートとゴールがプール平なのか?きっとこの景色を最後にもってきたかったのだろう。いつかファンランでこのトレイルを走りたい。そんな景色と極上トレイルだった。

途中途中に立っているスタッフに、

「歩きながらでもゴールできるか?」

会う度に訊いてしまった。

「大丈夫、間に合う」

と言ってくれる安心感を得たかったのだ。しかし、自分は明るくなって比較的暖かい今の時間帯にこの場を通過しているが、このスタッフのみなさんはこの寒さの中、まだ100人も通過していないのに昨晩からポツリ、ポツリと来る選手達をずっと見守っていたのだ。本当に頭が下がる思いだった。


■[ゴール]プール平(162km) <制限時間:11時>
数キロにわたる八子ヶ峰の稜線パートが終わり、ようやく下りパートに来た。眼下に国道と街が見える。距離は3kmはあるだろうか。これを下りきればゴールだ。走れれば10分かかるかどうかの下りを一歩一歩慎重に下り、トレイルが終わると別荘が建ち並ぶロードに出た。地元の方々の応援をうけながらストックを突いて、ゆっくり進む。しばらくして、車の喧騒が聞こえて来て国道に出ると既にゴールした人達とすれ違う。誰か知らない人同士だが、お互いに健闘をたたえ合う。間も無くゴールゲートの近さを予感させた。時計を見ると28時間50分くらい。無理して走れば当初の予想の28時間台に手が届くかもしれなかったが、もう記録はどうでも良かった。

ゴールゲートが見えた。エイドで度々サポートを受けたすぽるちばの応援チームやこあしすの方々、そしてボランティアから戻って来たISOさんら沢山の方々に迎えられ、29時間1分。ゴールゲートをくぐった。

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(撮影:DMJ ISOさん)


◆初の100マイルを走り終えて
100マイルという長いレースでは何かが起こる事は必至だが、何かが起こらないように気をつけ、あらゆる障害をその都度排除しながら淡々と進んでいたつもりだったが、後半に足首に100マイルの洗礼をガツンと1発喰らってしまった。100マイルはそう甘くなかった。しかし、そんな状況の中で制限時間のハードルが一段高いこの100マイルレースで、負傷しながらも時間内完走で締めくくれた達成感は今までに無くとても大きなものだった。

当日の寒さについては風も無く、雪も無く、レースを走っていない人が思うほど極度に過酷な状況では無かった。足が痛くなるまではとても楽しんで走っていた。ただ、やはり100kmを越える距離だし、身体は疲弊している状態で、何らかの体調不良やアクシデントでスローダウンしたら夏の大会と違って道端で長時間倒れこんでは危険な寒さであったので、少しでも不調を感じたらリタイアを余儀無くされた事は確かだった。たくさん食事を摂って、しっかりとした装備で体温をキープして行動し続けられたのが完走出来た理由だと思う。

また、今回は幸いにも直前合宿でお世話になった皆さんやランニングチームの仲間達が先々のエイドで待っていてくれたので、そこまで行こうというモチベーションを継続することが出来たことは前半の〜中盤で前に進もうとする大きな力となった。1人では完走できなかったわけで、ただ1人だけ完走の喜びと達成感を味わって、それで終わって良いわけがない。これは何らかの形でお返していきたい。

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◆ゴール後談
ゴール後、午前11時にプール平の温泉がオープンし、着替えていてソックスを脱いだ時に足首の痛みの原因が判明した。足首が浮腫みソックスのゴムが食い込んでいて、その箇所が紫色になっていて、痛さの震源地となっていたのだ。それを見た時愕然とした。足首を捻ったわけでもなく、両足首が同時に痛くなった不可解な原因がようやくわかった。

「ソックス1つで、こんなにダメージを受けるのか…」

長時間きつい拘束具でギリギリと筋肉を痛めつけていたようなものだった。デポでのソックス交換したのだが、浮腫んでいる足の事を考えて少し余裕のあるソックスに交換したのだが、それが裏目に出てしまった。交換したソックスはまだ比較的新しいソックスでゴムの部分がしっかりしすぎていたのだ。また、先に履いていたソックスが小さめのソックスでそれを余裕のあるソックスに換えた事で抑えられていた浮腫みがさらに膨張してしまったのだ。寒さもあって汗で不快だったわけでもなく、特に交換しなくても良かっただけに、その判断は悔やまれたが、結局この激しい足のむくみ方は110km以上走るまでは知る事が出来なかった初めての経験だった。この経験は次回に活かし、今度は快走してゴールゲートをくぐりたい。

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(左:レース後1週間経過でもこの状態 /右:レース後2週間)

以上

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2012年11月13日 (火)

OSJ八ヶ岳スーパートレイル100マイルレース【装備編】

今回の八ヶ岳スーパー100マイルの装備選択は今まで参加したレースの中で一番難しかった。

制限時間がタイトなだけではなく、デポ(預けていた荷物の交換所)が中間の80km前後ではなく、後半と言える110km地点という中途半端な場所にあり、そこに至までのエイドでの食料は期待できないので、ある程度食料を多めに持たねばならず、防寒着も持たなければならなかったからだ。

制限時間は、第1関門(60km)12時間後、第2関門(100km)18時間後、第3関門(145km)27時間後となっており、ただ安全策をとって多くの装備を持ち過ぎてたのでは、今度は重さが負担となり速度が出ないので関門通過が難しくなる。

自分に110kmのデポ地点まで日没までに軽装で走破できる脚があれば問題ないのだが、どう考えても実力的には夜間に到着するので、防寒着の大胆な省略は出来なかった。また、先行する60km部門、100km部門の選手達が先にエイドを通過している為、各エイドの食ベ物が無くなっている可能性も想定して完全にエイド頼りにする事もできなかった。

レース中も人によって装備がバラバラで見ていて面白かった。パックが荷物でパンパンで、それはいくら何でも多く持ち過ぎだろう?という人もいれば、ペッタンコのパックやウェストポーチだけで、それはいくらなんでも少な過ぎだろう?という人もいた。果たしてあの重装備、軽装備だった人達はゴールできたのだろうか?


2012年11月3日(土)の当日の天気と気温は以下。

スタート地点のプール平 朝5時 -5℃

野辺山付近の最低気温 -7.5℃

野辺山付近の最高気温 7.7℃

コース最高地点 大河原峠の最低気温 -10℃(-11℃との情報もあり)

天気は2日間に渡り快晴で、ほぼ無風だったのは幸いだったが、気温は例年より相当低かったようだ。気温的には予想外の「まさか」が起こったといっていいだろう。

そして、今回の装備は以下となった。(※印は下記で詳細を書いたもの)


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140kmを過ぎた後の早朝の白樺湖湖畔にて。最も着こんだ装備の状態。

(Photo by Harimane-san & Haritengu-san)



【上半身ウェア】


■スキン:
Finetrack / フラッドラッシュスキンメッシュ (袖なしメッシュのアンダーウェア)


■ベースレイヤー:
Salomon / XR 1/2 Zip Tech T-Shirt (半袖トレイルラン用シャツ)

Smartwool / アームウォーマー (メリノウールのアームウォーマー)


■ミッドレイヤー:
Patagonia / capline 4 zip neck expediton edition ※ (フリース長袖)



■アウタージャケット:
OMM / Kamleika Race Jacket (兼レインウェア) ※


■防寒着:
Haglofs / Lim barrier pull over (260gの化繊ライトダウン)



【下半身ウェア】


■パンツ:
Patagonia / Speedwork Tights ※  (厚手の秋冬用トレイルランタイツ)
(インナー:CW-X/スポーツショーツ)

<デポ追加>
Patagoni / Traverse Pants ※  (ストレッチ性あるパンツ)



■防寒着:
SHMW / Minimalist Pants   (超軽量、超撥水のウィンドパンツ)



■ヘッド、ネック:
Buff   (チューブ型のバンダナ)



■ハンド:
TNF / Winter Runner Grove  + 薄手フリースインナー ※





■シューズ:
HOKA ONE ONE / STINSON EVO ※





■トレイルランパック
Salomon / SKINPRO 14+3 ※





■ストック
自作 / RS-98 (デポで追加)

■その他
レギュレーション:エマージェンシーシート、救急セット、携帯電話、ホイッスル等

ライト:Petzl / MYO XP (予備バッテリー x1)




以上の構成だった。

結局、松原湖のエイドやデポの八千穂レイクには焚火があったり、大河原峠や女神湖では風を防げるテントがあったこともあったので、スタートからゴールまでエイド滞在時でも1度もダウンを着る事は無く、パックの重石になっていた。

以下は、特に気になったものをピックアップして解説。


《アウタージャケット》

OMM / Kamleika Race Jacket

Kamleika_race_ja_2


今回のレイヤリングは、合宿で八ヶ岳を走った時の状況を参考にした。その日の八ヶ岳の縞枯山や北横岳山頂付近は天気が良く日中なのに良く冷えた。所々霜もあった。これが2週間後の夜ならさらに冷え込む事は容易に想像できた。特に気になったのが腰からお尻の冷え方だった。背中から汗が流れて腰からお尻に汗が溜まり、そこで汗が冷えた結果だった。合宿の最後にプール平の蓼科温泉に入ったが、湯船に浸かってもまだお尻が冷たかった。この長時間にわたる臀部と腰の冷えは内蔵の機能低下や血行を悪くすに違いないと思い、帰ってからその対策をどうするか最優先で考えていた。

そして、お尻をカバーできる何かは無いか?と探していたら、OMM /  Kamleika Race Jacket が目に留まった。画像を見ておわかりのとおり、サイクルジャケットのようにテールが部分が長くなっており、すっぽりとお尻をカバーできる。また、ソフトシェルでありながら防水機能があり、ウィンドジャケットとしても、レインウェアとしても機能して1着で2役をこなし、重さはサイズSで270g程度を切るので軽量化とパックの省スペース化と一石二鳥なのも決め手だった。

 

(実際)
スタートから30kmの第3エイドまで着て走っていたが、ジャケットの裏に汗が全くたまっておらずサラサラ。汗を吸って重くなることもない。暑い時はジップを胸まで開けていた。フードもフードに付いたベルクロでまとめられるので、走行中のバタつきもなく、レインウェアでありながらウィンドジャケット感覚で着られるという狙いはバッチリだった。そして、問題の夜間。ストレッチ性があり始終体にフィットし続けていて、激しい動きで裾がめくれ上がるということもなく、常に臀部をカバーし続けてくれたので、臀部の冷えは最後まで全く感じなかった。

透湿性と防寒性に優れ、軽い。そして何といっても腕をふってもシャリシャリと絹擦れ音がしないのがいい。これといって欠点が見つからない素晴らしいソフトシェルジャケットだった。

その他、気になる点としては、胸ポケットに何かをいれると汗抜けの途中に障害物がある為、汗が留まってしまい、特に防水対策せずにスマートフォンなど入れると汗で濡れてしまうので注意が必要だ。 特に気になったのはそれくらいだった。

 


《ミッドレイヤー》

Cap4

Patagonia / Capline 4  Expedition Weight Zip-Neck

暑すぎず、寒すぎず、汗抜けが良く、そして軽くなったと ギア好き仲間の間で話題になっていた新しくなったキャプ4。当初はダウンジャケットを常に所持するのでこのフリースはデポに置くことも検討していたが、最悪の事も想定してスタートから着る事にした。また、SHMWさんのキャプ4(Hoody)の使用記事が購入の決め手となった。

(実際)
スタート5時から11時位まで着用。その後、13時頃に到着した第1関門までは脱いでいたが、その後第1関門からゴールまで最後まで着続けていた。 汗抜けが良く、アウタージャケットの透湿性と相まって常にドライ感をキープし、適度に体温を保持してくれた。今回、頭部にはbuffだったので首と頭の保温はbuffでおこなう予定だった為、フードの無いZip-neckを選んだのだが、もし当日もっと風が強かったらフード無しを選んだ事を後悔しただろう。



《グローブ》

Tnfwrg


THE NORTH FACE / Winter Runner Glove (予備:montbel シャミースインナーグローブ)

今回iPhoneとrunmeterでログをとっていたので、スマホ対応のグローブが欲しくて購入。手の甲にカバーがあり、指をかぶせられるのだが、保険としてフリースのインナーをパックに入れておいた。

(実際)
日中は手の甲のカバーはしまい、夕方からカバーをかぶせてミトン状態にした。iPhoneはそんなに操作はしなかったので、スマホ対応じゃなくても今回は困らなかった。寒さ的には110kmのデポまでこれだけでOKだったが、大河原峠までの長い長い登りの林道の高度7割程到達した時に、急激に手が冷たくなってしまい、慌ててフリースのインナーグローブを装着した。 もしインナーが無かったらその後のダメージは大きかったと思う。前半はこのグローブで、後半はデポに真冬の山用のグローブに交換しても良かった。

 

《パンツ》

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Patagonia / Speedwork Tights

ある程度の防風性があり、裏地が若干起毛している少し厚手のタイツ。絞めつけ感があまりなく履き心地が良いので気に入っている。合宿でテストして調子が良かったので当日も履くことにした。

(実際)
履いている時に違和感を感じず、蒸れや寒さを一切感じない存在を忘れる程の空気のような存在。これって当たり前のようで実は凄い事。最初から最後まで着替える事なく使用。

Patagonia / Traverse Pants(デポで追加)

(実際)
Speed work tightsの上に重ね着した。デポから最高(最寒冷)地点の大河原峠へアタック~女神湖~白樺湖湖畔まで着用。ストレッチ性があり動きやすく、ある程度の防風性があり、寒いと感じる事は一度も無かった。



《トレイルランパック》

Sasp14


Salomon / SKINPRO 14+3

当初、UltrAspire / OMEGA で行く予定であったが、ダウンや防寒着を頻繁に出し入れできるほどサイズに余裕が無くより容量の大きい、Skinpro14+3にした。本当は装着感はOMEGAの方が好みなので同社のFASTPACKが良かったのだが品切れする程の人気商品なので購入できず。また、選択したもう1つの理由はハイドレーションの構造。SKIN PROは背中の下から、脇腹を通って、胸元まで体に密着した状態でハイドレーションのチューブが通っているの為、体と常に密着しているので、極寒の中でもチューブの凍結が防げるのではないか?と期待していた。

(実際)
防寒着を脱いだり着たりということが何度かあったので、大容量で中身の収納順番を気にせずに気軽に出し入れする事ができたのが良かった。また、腰の大きなメッシュポケットに食べ物やiPhoneや、デポからはサーモスのボトルまで何でも放り込んでいたが、中身が落ちる事も無く使いやすかった。また、懸念していたハイドレーションの凍結は期待通り身体に密着するチューブ通過構造により凍結を防げたようだ。ちなみにハイドレーションに付属していた保冷袋を抜いて、背中で水を温めていたことも記しておく。このパック選択もバッチリだった。また、ベストタイプなので1枚服を着ているような状態だったのも体温のキープに1役買っていたのかもしれない。

《シューズ》

Hoka_stinsonevo

HOKA ONE ONE / STINSON EVO

今年5月以降のレースは全部このシューズで参戦。特に地面の硬いロードと林道が多く、テクニカルなトレイルが少ないこのレースにおいて、クッション性の高いHOKAは絶対有利だと思っていた。

(実際)
予想通りのロードの多さだったが、HOKAのクッッション性に助けられて130km地点まで脚はノーダメージだった。その後は実は足首を痛めて失速したのだが、その理由については次回の大会編で原因を書きたい。



『ウェア総評』

ダウンジャケットはスタートからゴールまでザックの中にあり、トイレいに行っても一度もブルッと震えて寒いと思う事なく終わったことから、今回の気候でのウェア選択についてはある程度上手く行ったと思っている。特に今回初めて使用したOMMのKamleika Race Jacketの防風、透湿性が素晴らしく、いくら汗をかいてもジャケット内がベタ付くことが無かったことでレイヤリングがこれまで以上に上手く行ったと思っている。今後これが無い秋冬のトレイルランは考えられないほどの存在になってしまった。






【補給食】

仮に110kmの八千穂レイク(デポ)に到着するのが信越五岳と同じ16時間台の21時として、1時間に1個ジェルを摂るとしても、最低16個は必要な計算となる。本当は30分に1個くらい摂取が良いのだろうが、それだとサポートが無いと全部背負うのは所詮無理な重量となってしまう。しかし、今回のコースはトレイルが少なく、瞬発力を要する場面が少ないと思っていたので、それよりもなるべく固形物の摂取で体から熱を発せさせようと思っていた。その為、ジェルの数は10個に減らしてフラスクに入れた。固形物を何にするかで悩んだのは、おにぎりは重くなるし、おにぎりやパワーバー等はマイナス気温になると凍ってしまうかもしれない。なので軽くてカロリーが高くて、凍らないものを探すと、「柿の種」が一番だった。合宿の際に柿の種をペットボトルに入れて持参して、そのトウガラシによる発熱効果を確認できたので、大会でも使う事にした。1時間に1回ジェルを補給しつつ、登りがある時に、胸ポケットにある柿の種を一口食べながら進んだ。ジェルの少なさを柿の種で補完するようなイメージだ。また、混ざっているピーナッツに含まれる水分のおかげで喉が乾きすぎるという事も無かった。それ以外、足りないものはエイドでの飴やチョコ、パワーバーに期待する事にして、全てのエイドにあるわけではないので、ジップロクの袋を持って、その時の状況に合わせて袋に多めに確保するようなスタイルにした。

また、ジェルを今回自作した。チームROD内で自作ジェルがちょっとブームになり、粉飴(マルトデキストリン)と市販のシロップとはちみつを混ぜてオリジナルのジェルを作った。シロップはカルピスのショウガシロップでこれも飲むと若干身体が温まる効果を期待した。また、市販の硬いジェルは凍る可能性があるので、半分は市販のジェル、半分を自作ジェル(緩め)構成にして凍った際の保険という意味もあった。


今回の補給食は以下の構成となった。


【前半】Start~110km

ハニースティンガー 5個分

自作ジェル 5個分※

パワーバー 2個

柿の種ボトル(500ml)※

あんぱん 1個

とらやのスティック羊羹 2個 (いただきもの)

ハイドレーション:エレクトラショッツ


【デポ】(その場で補給したもの)

おにぎり 3個(2個食べて1個は後半へ持参)※

チップスター(ミニ) 1本

ホットコーヒー(サーモス)


【後半】110km~160km

ハニースティンガー 5個分

自作ジェル 5個分

パワーバー 1個

ハニースティンガーグミ 1個

メイタンCCC200  2個(眠気覚まし)※

とらやのスティック羊羹 1個

おにぎり 1個

柿の種ボトル(500ml)

ハイドレーション:エレクトラショッツ



(実際)

●ジェル:
前半は走れるロードが多く、固形物よりもジェルを多く消費して、第一関門以降でジェルが足りなくなってしまった。なので、上記の数は失敗だと思って欲しい。あと5個、やはり1時間1個分は持つべきだった。しかし、第一関門でグレープフルーツをおそらく丸1個は食べて、さらに第一関門に居た移動すぽるちばエイドサポートもあり、そこでお腹を満たしたので第二関門までエネルギー不足になる事を免れた。

自作ジェルはたいへん美味しく、そして飲みやすく、凍結も防げて良かったのだが、飲んで直ぐに「キターーーッ!」というパワー感が足りなかった。やはりその辺は市販のジェルに敵わない成分があるようだ。真似していろいろ混ぜるのも良いが、そうなると安く済ませる意味が無くなってしまうので、まだ実戦投入には検証期間が足りなかった。


●柿の種:
柿の種は少し小腹が減ったら一口食べるという事を繰り返し、空腹になるという事が無くゴールまで辿り着いたので、柿の種作戦は成功と言っていいだろう。しかし、これをボトルに入れて走ると、熊鈴を驚愕する程のウルサさ!(笑)。先日のNHKスペシャルのTJARの番組で小野選手がペットボトルに柿の種を入れていて、先日あるイベントでご本人にお会いした際に柿の種ペットボトルはうるさくないか?と訊いたところ、「TJARはそうペースが速くないのでうるさくなかった」とのことだった。走れる場面が多いトレイルではトレイルMIXのようにジップロクの袋に入れた方が良さそうだ。


メイタンCCC200
大河原峠アタック中の夜中の2時~3時くらいにこの日の眠気が襲って来てフラフラになったが、メイタンを1発飲んだら効果てきめんであった。カフェインについては危険性もよくニュースになるが、この製品は今後も地味に販売してもらいたい。



『補給食総評』

前半については大失敗ではないが、60点くらいであった。エイドでの「チームすぽるちば」と「チームROD」からのサポートや地元のおもてなしが無ければ第二関門到達は怪しかった。後半は大河原峠のスーパーすぽるちば&こあしす山民会エイドに助けられ、第三関門の女神湖エイドでは手作りのおにぎりと豚汁を沢山いただけたので、各区間ほぼ無補給で行けるくらいお腹いっぱいで、補給食やジェルが余りまくってしまった。補給食計画についてはかなりグダグダになってしまった。


というわけで、実際のレースのレポートは次回【大会編】へ続く・・・

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2012年11月 8日 (木)

OSJ八ヶ岳スーパートレイル100マイルレース【準備編】

OSJ八ヶ岳スーパートレイル100マイルレースの100マイル部門を走ってきました。結果から言うと時間内完走できました。しかし、160kmに至るまでたくさんの事があり、とても1回では書ききれないので、

【準備編】
【装備編】 ←一部マニアからの早く書けというプレッシャーを感じている…
【大会編】

の3回に分けて書いていきます。

その前に…

今回、完走率が2割台で大量のリタイア者が続出したことや、最低気温-10℃の世界。という数字が先行して「過酷な」イメージと、一部水だけで無人のエイドがあったとか(その前のエイドでアナウンスはあったのだが)OSJ運営への批判が一部であるようだが、最後まで走った自分としては他のレースと何が違うのか?いまだにわからない。たしかにキツイかもしれないが、100マイルレースで楽なレースは無い。そして、そもそも我々がやっているコレは日中の街中を数時間だけ走る優等生なスポーツではない。水と食料を背負って、寝ないで山の中を160km走破するスポーツと呼べるのかどうかわからない"何か"だ。24時間寝ないで160kmを走破しなければならないレース設定がある時点でもう普通じゃない"クレイジーな何か"なのだ。水が無ければ泥水を啜るくらいの覚悟や、寒ければ落ち葉を集めて服の中に入れるくらいの気合いが無いなら、こんな"クレイジーな何か"に参加しない方がいいんじゃないか?と思う。

かつて、嵐で客が路頭に迷いパニックと化したフジロックも第1回に自分はその中にいた。ゴアテックスの雨具を持っていいた自分でさえ、服の中がびしょ濡れになり寒さで命の危険を感じた。当時、日本にはフェス文化などなく、雨なのにハイヒールで雨具も無く来た客もいたり、散々に批判されながらも開催の継続を続け、今となってはベビーのいるファミリーでも参加できる一大メジャーなフェスになり、フジロックが無い人生が考えられない人がいるほどの存在となっている。何が言いたいかというと、回を重ねる毎に洗練されていくものであり、第1回目から100点出せ、というのは無理。日本のトレイルランの歴史もまだ始まったばかりであり、参加側の意識と開催側の意識のズレがあったり、意識の浸透が行きわたっていないと思う。これは回を重ねていくことで経験者が増え、スタッフやボランティアも慣れていき、埋まっていくのだと思う。場所やレースが違えば勝手も全然変わって来るはずだ。

日本初の100マイルレース(おんたけ100マイル)を最初に企画しただけではなく、トレイルラン黎明期を支えたOSJが無ければ今、現在の日本のトレイルラン文化の発展は無かった。是非、今回の一部の批判に負けずに今後も継続して、「
俺がルールだ」と言ってしまえるくらい厚顔に、そして魅力的なレースを企画する方向に進んでもらう事を切に願うばかりだ。(参加側もそれらに対する何らかの協力をしていかなければならないが)

レースに関するまとめは、また最後に書く予定。

では、早速本題へ…

《エントリーのきっかけ》

2011年に開催予定だったUTMFが東日本大震災の影響で延期になり、1年半待った今年5月のUTMFを仕事でDNSした悔しさから、今年中にどうしても100マイルレースを走っておきたいという思いから大会の制限時間やコースを調べないで勢いでエントリーしてしまった。

100マイル(160km)なのに制限時間が30時間(当初28時間)

OSJだけにエイドはあまり期待できない

時期は11月の八ヶ岳

160km無いUTMFでさえ、30時間で走破したのは完走した約600人中約60人。1割に過ぎない。

この厳しいハードルを越えられるランナーは日本に何人いるのだろうか?

完走率は良くて3割くらいでは無いか?(もし雨や雪でも降ったら1割くらいか?)

自分がその中に残るにはどうしたらいいだろうか?

しかも初の100マイルレースで?

…勢いでエントリーした事を後悔していた。


《自身のコースタイム分析》

累積標高は正確にはわからなかったが、今年9月の信越五岳110kmでの自分の平均ペースで進めても調子が良くても28時間台と独自の試算が出た。しかし、八ヶ岳スーパーは信越五岳と違って防寒着や食料を背負って走らなければならず、さらに見積もりに1時間~2時間追加しなければならない。そうなると30時間のリミットをギリギリ行けるかどうか、むしろ疲労によるパフォーマンスダウンを考えると、時間内にゴールへ辿り着けない可能性の方が高かった。(制限タイムを越えても160kmは走ろうという思いであったが)

そして、

デポはなぜか110km地点にある。

もっと手前なら早い段階で到着できるので初期装備を軽くできて負担を軽減できるのだが、これはOSJが敢えてそうしたのか?そうせざるを得なかったのか?わからないが、初期装備の選別を悩ませる絶妙な距離設定だった。

とにかく、考えれば考えるほど不安材料しか思いつかず、完走は難しいということだけが明確になっていった。それでも何か完走できる策は無いだろうか?残り数週間で劇的にパフォーマンスがアップするわけでもないのは分かっているが、何かを得られるかもしれないと思い、OSJが大会2週間前に企画した、鏑木選手がナビゲーターを務める「鏑木スペシャル!OSJ八ヶ岳トレイル合宿」に藁をもつかむ思いで参加をした。

 

《合宿編》

IMG_7517
10月20日(土)
合宿初日は実際のコースの約35km地点にある観音平から第一関門の約20kmの区間。鏑木さんナビゲートで20人ほどの参加者と休み休みトレイルを走った。予定されていた飯盛山には時間の都合で行かず、第一関門向かい側の清泉寮で呑気に名物のソフトクリームを食べて終了(笑)

10月21日(日)
合宿2日目は天気が良いからと、本来のコースとは全く違い、北八ヶ岳の紅葉を楽しむ麦草峠~縞枯山~双子池~プール平という約25kmのファンランで終わった。
Yatsu100m_kaburaki
(LARGE SIZE IMAGE⇒■)

この合宿で鏑木さんから何か秘策を伝授されたということはなく、ただ指導された事は、

「寒さ対策しっかり」

のみであった。

参加する殆どの人が意識していたことだったが、これについてどう対策したか?は次回の装備編で詳しく書きたい。

それから、合宿2日目の試走最終地点ゴール地点の「プール平」であった事から自分のゴールをイメージする事が出来た事。
IMG_7592
(プール平)

そして、何といってもこの合宿で出会った、130km地点の大河原峠でエイドを担当する

「スーパーすぽるちば」

の人達との出会いや、宿泊先でたいへん良くしていただいた

「ペンションおやまのえんどう」

の女将さんが第3関門の女神湖の担当であるなど、コースの要所要所に

「そこまで行かねばならない!」

と思える中間目標が出来た事。

どれもパフォーマンスを直接的に上げるものではない何気ない事柄なのだが、これらが実戦で大きなモチベーションとなった。

(ペンションおやまのえんどうはサービスと料理が素晴らしいペンションなので、白樺湖周辺はハイキングには最高なロケーション多く、家族や友人で是非利用して欲しい。)

~大会まで1週間~

そして、残り1週間でやれることといえば、以下。

①「大会までにできるだけ疲労を抜くこと。体調管理で風邪をひかないこと。」

②「あらゆる場面をイメージすること」

そして、

③「装備で失敗しないこと」

この3点に尽きた。

が、①の疲労抜きは失敗していた。
前週に代々木で開催されたアウトドアーズフリマのギアループマーケットに2日間参加して、立ち仕事だったので、これが意外に疲れを残してしまった(反省)。

②と③は共通する部分が多い。コースのシミュレーションは当然として、天気が良い時、天気が悪い時、食事がある時、食事が無い時、調子が良い時、調子が悪い時…自分の体力で解決できるものと装備で解決できるものがある。これらについては次回の装備編で書いていきたい。

・・・次回【装備編】へ続く

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2012年9月24日 (月)

信越五岳トレイルランニングレース2012 (後編)

(前編はこちら


<MAP>
Map02_2
(クリックで拡大)

3A~4A間の沢で身体を冷やしてある程度復活。しかし、心拍をレッドゾーンまで上げないように抑えながらゆっくり走って4A(51.5km)に到着した。4Aには名物の美味しい笹寿司があるのだが、いつもはお代わりしてもう1個食べるのだが、具合が悪くて1個でも胃に入れるのが厳しかった。エイドの状況がどうだったか等書きたいのだが、意識が朦朧としていて実は良く覚えていない。

どこか日陰にゴロンと横になりたかったが、一度横になると二度と起き上がれない気がしたので、最低限の滞在に留めてゆっくり歩き通すつもりで黒姫山の登り林道へ向かった。

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ここまでの進行を振り返ると、2Aまでは目標タイムより40分程早く到着して、貯金が40分があったのだが、3A~の関川での熱中症のスローダウンで4Aまでの貯金を使い果たしてしまった。ここ(4A:51.5km)からまた0からやり直しだ。
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■4A[51.5km]~5A[66.6km]笹ヶ峰高原乙見湖

黒姫山の林道を登る。スタート時はお花畑が広がる観光スポットなのだが、林道に入ると綺麗な景色は無し。ここは理想としては歩きと走りを混ぜながら行く予定であった場所なので、歩き通す事に負けた感が強かったが、今はとにかく心拍を上げずに熱を下げる事に集中した。予備ボトルの水を頭にかけながら林道を歩き通した。長い長い登りの林道が終わり、下りになると木陰になった事もありようやく走れるようになった。発電所手前の橋の近くにある湧水で頭を冷やし、自然の水を飲んだ。スーッと身体に水が浸透していくのがわかる。

この大会の難所のひとつである、西野発電所のつづら折りの急登を登り切ると、このレースで最も走りやすい妙高高原エリアに入る。クロスカントリーコースを気持ちよく走りたかったが、まだ完全回復とはいかず所々歩きを混ぜながら進んだ。牧場から見える妙高山は昨年同様に綺麗だった。5Aまで2.3kmの売店のある建物の水道で再び頭を冷やした。14時50分に5A到着。目標タイムより20分早く到着。なんとか体を運搬してきた感じだ。ペーサーのモッシーがスタンバイしていて出迎えてくれた。そして、MRHCの応援チームや今回はsuuさんのペーサー役のjunさんと会って元気をもらう。

ペーサー最初の仕事はランではなく水かけ(笑)。豪快に全身にかけてもらった。
Untitled
[photo: Dogs or Caravan]

モッシーから楽しみにしていたRedBullを受け取り一気飲み。さらに、ドロップバッグの交換やら、水の入れ替えもやってもらえるというVIP待遇である。朦朧としているので本当に助かった。これでやる気がグンと上昇。当初の目標から10分早く15時前に6Aを出発する事が出来た。熱中症でスローダウンしたが、ここからまだ望みはある。次なる目標の「明るい鏡池」に向かって5A乙見湖からモッシー共にと出発した。


■5A[66.6km]~6A[81.0km]大橋

ここからペーサー(モッシー)とのランとなる。1人で走っていると、ここまで66km走ってきて、さらにあと50km走らなければならないのかと思って萎えるのだが、ペーサーが付くと不思議なことに、


「また新たなレースが始まる。」


という新鮮な気持ちで走りだす事が出来た。
そして、つい数分前まで絶対ゴール出来ないかもと苦しんでいたのに、


「ゴールするのは当然でしょう。」


という強い気持ちになっていた。ペーサーシステムとはこんなにも良いものなのか、と目から鱗だった。

P1060073
(やわらかい日差しとブナの森につつまれた走りやすいトレイル。ここまで来たランナーへのご褒美)

ペーサーとの走行のスタート時は自分が先を行っていたが、5km程進んでからモッシーに誘導をしもらった。特にそういう打ち合わせはしていなかったが、自分はここまで66km走って来て、ペーサーはここから走りはじめるという場面で、ペーサーは選手の調子を後方から伺って選手のペースを把握しつつ、その間にペーサー自身の体を慣らし、そして自身のコンディションと選手のペースを把握できた段階で誘導にまわるという理想的かつ自然な流れが出来ていたように思う。(これはモッシーの持つセンスの良さなのかもしれない)

このコースもじわじわと登る林道が続くのだが、モッシーと話をしながら走ると調子もだんだん良くなってきて、日も落ちて暑さも緩んだことで走りと歩きを混ぜる理想的な走りが出来るようになっていた。そして、長い林道の登りを終えると下りのトレイルに入る。トレイルの下りを飛ばそうと思ったが、根が複雑に絡んだ場所で、怪我をしないように慎重に進んだので思った程スピードが出せなかった。17時10分くらいに「古池」に到着。昨年はもうここで日が落ちかけていたが、今回はまだ十分明るい。しかし、次の7Aにある「鏡池」に日没前に到着したいのだが、あと1時間を切っていて、距離は8km以上ありそう。ちょっと黄色信号が灯っていた。

P1060077
(古池通過中)


■6A[81.0km]~7A[87.0km]鏡池

数百メートルのロードを通り6Aに到着。地味ながらやっぱりここが一番好きなエイドだ。先行していたタクさんにここで追いつく。さらに、北欧でのロゲイニング世界選手権(WRC)で帰国したばかりのタッテーノがいた。いつも上位にいる選手達に追いついている状況が信じられなかった。そして楽しみにしていたこのエイドの名物の俵にぎりをいただいた。椅子に腰をおろしたい気持ちを我慢して最低限の滞在にとどめて出発した。ここからは平たんなロードとトレイルがクロスするコースになる。日没まであと40分。鏡池を目指して36号線を激走した。戸隠キャンプ場付近でDMJのISOさん、そして再びチエコさんから応援をもらいさらに元気になった。この長いロードは気持ちが折れやすいが、そういったポイントに応援でいるのは"わかっている"感じだ。

P1060083
(奥社の参道入り口)

戸隠神社の奥社の参道に入る。参拝者に応援をもらいながら緩く登り傾斜の参道は走りきった。観光地となる神聖な参道を堂々と走れる事が許されるこのレースはやはり地元の協力があっての事。1歩1歩の貴重さを感じながら参道を抜けると、戸隠森林公園に入る。時間は18時を回った。もう日没時間は過ぎているが、空はまだ明るい。しかし森林公園内のトレイルはもうライトが無いと走ることができない暗さだった。あと2kmで鏡池。自分のライトを装着する時間も惜しいのでペーサーのモッシーのライトだけで進む。森の向こうが明るくなり、急に水の匂いがして来た。鏡池はもうすぐだ。見覚えのある階段を上がると視界に鏡池がドーンと飛び込んで来た。

Untitled

何とか明るい鏡池にギリギリ間に合った。

3回目の挑戦でようやく見ることができた。雲で隠れて少し残念だが、水面に水墨画のように映る戸隠連峰の景色を見ることができた。今回の目標を1つ達成。写真をとった後、直ぐ近くの7Aにピットイン。このエイドにあったリンゴがとにかく美味しかった。ライトを装着して8Aへ。日は暮れて完全にナイトランとなった。モッシーはあまりナイトランの経験が無いらしく、妙にワクワクしていたようだった。ちょうど7Aで区切り良くナイトランとなり、また新たな気持ちで別のレースが始まった感がした。ゴールまであと33km。


■7A[87.0km]~8A[92.3km]第3関門

目標も達成し、もうあとはゆっくりでいいかな…という気持ちもあったが、レースはまた来年出られるとは限らない。そしてトレイルレースはどんな大会であってもまた開催されるとは限らない。目標の16時間30分を切れるかどうか?行けそうで行けないギリギリな時間である事は間違いなかった。

「やっておくなら今しかない!」

しかし、目下の目標は…

「蕎麦!蕎麦!」

8Aで食べられる蕎麦を楽しみにしてここまで来たのだ。モッシーとお蕎麦はおかわりできるよ等と呑気な話をしながら、そうこうしている間に8A(92.3km)に到着。

ここが食事が出る最後の大きなエイドになる。今回もエイドの蕎麦はもちろん美味しかったが、巨峰ぶどうも出されていて、またそれが美味しくて…何個も食べてしまった。そして、タクさんとタッテーノが続けて8Aに到着。タッテーノは手にはちゃっかりと巨峰を1房抱えていた。あと18kmでゴールするのに何でそんなに大量に?!(…この謎は後に明らかとなる。)

8Aからの出発時間は19時台だったと思う。残り18kmで標高1,917メートルの瑪瑙山をまるまる1つ越える。目標時間は未だに黄色信号状態。蕎麦を2杯食べ、水を補給し、モッシーとラスボスの瑪瑙山に向かった。


■8A~GOAL[110km]飯綱高原ハイランドホール

周囲は真っ暗でライトの先に見えるモッシーの足元を見ながら進む。時々広いトレイルになってモッシーと並走するような状態になると、とたんに疲れがドーンと襲ってくる。ソロで走っていると予想以上に脳を使っている事を体感できる。あの甘いジェルの半分は体ではなく脳に消費されているのではないかと思える程だった。人に付いて行くだけというのはこんなに楽だったのかと、特にナイトランでそのペーサー効果がわかった。

90km越えてさらにこの登りか!5km越えるこの瑪瑙山の登りは登っても登っても頂上が見える気配がしない。会話する余裕は無く、1歩進む毎に「ウ―ッ」「ア"-ッ」と苦しさを紛らわせる、もう止めたいという主張も混ざった声を上げていたが、モッシーはそれに構わず黙々とリードして登っていく。自分ひとりなら確実に速度を落とすか、止まっていたと思うが、ペーサーをつけたのはそうしない為だと言い聞かせて、吐きたくなるほど頑張って着いて行った。甘やかすか、無視するか、この登りはペーサーの力の加減のセンスが試される場面だ。

ようやく木々が無い稜線に出る。頂上まであと少し。しかし、この日は無風で霧が肌にベットリとまとわり着き暑くなった身体が一向に冷えない。無風でシーンと静まり返えった山頂を踏む。あとは斜面を下って1km程登り返せば登りは終わる。

P1060089
(最後の登りに置かれた100km看板)

100km看板を通過。残り10km。ここからは約2kmの下りと約7kmの平らな林道となる。この2kmの下りは道が広く元気が残っていたら楽しく下れるのだが、今はそんな余裕は無い。淡々と下り、林道入口の水補給だけのエイドであと7kmのゴールまでの水を補給。エイドのボランティアスタッフに、

「今で78位くらい」

と告げられてそんなに前にいるとわかりびっくりした。体感でそんなに抜いた記憶が無いからだ。

「今回は暑くて、第2関門で150人くらいリタイヤしているらしい」

抜く前にドロップした人がいたので今の順位なのだと理解した。

熱中症で制限時間ギリギリでのゴールとなった5月の奥久慈50K。その後の大会となる今回の信越五岳でもまた熱中症で調子が悪かったり、リタイアをしたら。「あいつ、毎回熱中症を理由にしてんじゃね?」みたいに言われるのが嫌でここまで意地で頑張って来た。苦しんでいたのは自分だけじゃなかったのだとわかり、少し安心をしたが、命にかかわる問題なので、続けるのも止めるのもその人にしかわからない体調と葛藤がある。110kmという距離にエントリーするのは生半可な気持ちではエントリーできない。もちろんみんな完走したいからエントリーしたのだ。どちらを選択しても苦渋の選択だ。良い時は書いていて気持ちいいのだが、悪い時もやはり書かなければならない。。。ブロガーの辛さである。

時計を見ると20時30分くらい。残り7kmを走りきればおそらく16時間30分に間にあう。

「残りは最後まで走りきろう!」

モッシーと気合を入れて最後の7kmの林道を走りだした。キロ6分半くらいのペースで進んでいた。しばらく走ると前後にランナーの気配が無い区間が長く続いた。

ゴールまであと2km。あと10数分で到着するだろう。もう走りたくないという気持ちとまだトレイルに残っていたいという気持ちが入り混じるトレイルとゴールの間の感傷エリアに入っていた。大会でしか存在し得ないこのエリアが一番好きな場所だ。

前半に熱中症で諦めそうになったが何とかここまで来た。瑪瑙山は吐きそうになるまでペーサーに喰らいついた。全力でやり切った感があったので、もう順位とか時間は関係無かった。トレイルの先にオレンジ色に光るFINISH会場の光が見えてきて、2人で「ウォーッ!」と何度も喜びの雄たけびを上げながら走った。チームRODのメンバーも、iPhone⇒Runmeter⇒Dailymileの更新状況で目標タイムでゴールまで来た事はわかってくれているはずだ。


何となく聞き覚えのある声の女性のMCに迎えられ、

16時間25分。

煌々と光るFINISHゲートをくぐった。

P1060092P1060091

後編終わり。

(次回:まとめ編)

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2012年9月23日 (日)

信越五岳トレイルランニングレース2012 (前編)

今年で4回目を迎えた信越五岳トレイルランニングレース2012に参加して来ました。

2009年の第1回目から参加していて(2010年はDNS)2011年大会である程度やりきった感があったし、今年は応援か誰かのペーサーでもやるか、などと少し引いたスタンスでいたのだが、エントリー時期になった時にやっぱり出たいという気持ちが高まり、また今年もエントリーしてしまった。

そして出るなら今まで体験しなかったこのレースの特徴である「ペーサー」を付けて走ってみたくなり、トレイルラン仲間のモッシーにペーサーをお願いした。ペーサーとは並走して走ってくれるパートナーで、この大会では66km地点の第2関門5Aからゴールまでペーサーと走れるシステムとなっている(さらに、8Aの第3関門でもペーサーを交代できる)。

レースを前に漠然と目標を立てたことは、

・自分のパフォーマンスアップで約30分短縮。
・エイドの滞在時間を短くして約30分短縮。
・ペーサー効果で約30分短縮。

前回より1時間15~30分時間短縮をしてゴールする、という目標を立てた。

<計画表>ペーサーと行動計画を共有する為に今回はこのような表を作成した。
Keikaku_4
(クリックで拡大)

この目標の軸になったのが、明るい「鏡池」を見たかったことだった。明るい時間帯に行けば、名前のごとく、池の鏡面に映り込む美しい戸隠連峰が見えるのだ。明るい鏡池(7A)を通過するには、日没の18時前後に通過しなければならない。そこから逆算すると、5Aに到着が15時前後。そして、このペースで進行できれば、到着時間が16時間30分程度となり、前回より調度1時間15分早い時間でのゴールとなる。

はたして、計画は上手く行くのだろうか?


[ギア]
パック:UltlAspire/Revolution
予備ボトル:ULTIMATE DIRECTION/アルティメイト ディレクション 20 OZ BOTTLE
ライト:Petzl / MYO XP


[ウェア]
ヘッド:Arcteryxx/ARC'TERYX / ニュートロバイザー
シャツ:Patagonia /エアフロースリーブレス
アーム:MHW / SUPER POWER ARM WARMER
ショーツ:Patagonia /Strider Shorts (3inch)
カーフガード:c3fit /パフォーマンスゲイター
ソックス:DRYMAX / Run Hyper Thin Mini Crew
ウィンドジャケット:アクシーズクイン/クナド

[シューズ]
シューズ:HOKA ONE ONE / Stinson B EVO

今回この大会を意識して用意したのは、エイドの多いこの大会ではボトルだけで充分と判断し、UltrAspireのRevolution。ハイドレーションではなく、背中にボトルを1本。胸に予備ボトルが1本させる。その他はHOKAのStinson EVOは110kmのこのロングの大会では最適と判断した。その他ウェアは暑さを想定したものだ。

<MAP>
今回は前半の4Aまで。
Map01
(クリックで拡大)


<前日>
急な仕事のトラブルで、昨年と同じく夜に現地インとなった。バスをキャンセルして新幹線で向かった。昨年も同じような展開で殆ど寝られなかったが、今年は若干早く着いて3時間くらいは寝られた。


<START>
■START(レストランハイジ)→1A[18.5km]斑尾山菅川登山口

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(ゲートの奥に見えるのがレースプロデューサーの石川弘樹さん)

MRHC(Mt.Rokko Hard Core)の面々と今年3月の六甲の合同セッション以来、半年ぶりに再開。それぞれが、これだけトレイルレースに参加していながら、BeyondさんSHMWの店長のタクさんと同じトレイルラン大会で走るのは初となる記念すべき大会となった。
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start


スタートはゆっくりジョグ。登りは全部歩いた。5kmも走っていると、だいたいその日の身体の調子がわかる。最初に右脚にピリピリ、チクチクという痛みの気配があったので、走りながらフォームを整えて行くとしばらくするとその痛みはどこかに消えてしまった。最近独自に研究している「走りながら調整する術」をようやく会得できてきたように思う。所々でスカイハイのタクさんやnobuさん、アフロさんらと並走しながらお話が出来てリラックスして走ることができた。

しかし、スタートから心拍は安定せず、初めて腕時計を買ってもらった中学生のように頻繁に心拍をチェックしながら走っていた。睡眠不足や疲れがあると心拍にモロに影響する。本当は大会の数日前から休日をとって大会に挑めたら最高なのだが、サラリーマンランナーはそうはいかないし、ここに参加している殆どのランナーがみな多忙な中、出ているのだから条件は同じだろう。

そうこうしている間に1Aに到着。計画通りに水を足して短時間でエイドを出る。最初の山である斑尾山の登りスタート。それなりに標高はある山なのだが、不思議と楽に感じられる山だ。

1A[18.5km]~2A[23.9km]斑尾高原レストランバンフ
斑尾山を難無くクリアして、2Aまでの下りをイーブンペースで淡々と下る。ここも昨年と同じペースで特に問題無くクリア。2Aに到着して直ぐに出るつもりだったが、トイレに寄ったのであまりスピーディーなピットイン/アウトとはならなかった。

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(手前が野尻湖。右が妙高山。左がこれから向かう黒姫山)


■2A[23.9km]→3A[38.5km]妙高高原兼俣

平坦な湿原のトレイルを抜けて袴岳登りへ。

袴岳も問題無くクリア。ここから長い下りを飛ばさずに淡々と下るが、昨年より若干ペースは早かったと思う。標高が下がるにつれて気温の上昇を肌で感じるようになる。3A手前のアスファルトに出た時の暑さに嫌な予感を感じていた。3Aではなるべく多くの食事をとるようにした。レモンを沢山いただいた。そして苦手な関川へと進んだ。


■3A[38.5km]~4A[51.5km]黒姫高原第2駐車場

昨年は関川は意地でも歩かないという目標を掲げて、それは概ね達成できた。しかし、脚を使いすぎてしまってその後撃沈したので、今回はそのスタンスを緩めて、脚がパンプしてきたら歩きを混ぜて進もうという事にしたが、エイドでかぶった水も5分もたたずに乾くくらい暑い状態で、心拍も直ぐに危険ゾーンに突入するので走りたくても走れない。

そして1kmほど進んだところで背中のボトルを取ろうとしたら、ボトルを滑らせて地面に落下。その衝撃で蓋が開いて中身の水が全部出てしまった。

「キターーーッ!ドラマ始まったなwww」

110kmのレース。このまま何もおこならないわけが無い。この暑い中、水が無いという最悪の事態が起こってしまったが、どこかこの状況を笑っている自分もいた。笑っていられたのは、関川部分のコースの終わりにキャンプ場があり、水道があることを直ぐに思い出していたからだ。

しかし走りだすと暑さで水が100mlも無い状態は辛い…と思っていたら、橋の下に地元の私設エイドがあり、かけ水をしてもらって、ボトルに水を足してもらった。直ぐに最悪の状態から脱出出来た。

スッキリしたとこで走りだすが、照りつける太陽で5分もたたずに頭やウェアは乾いてしまう。またヘロヘロになっていると、スカイハイのタクさんが颯爽と後方から走ってきた。既に先に行かれたと思ったら、暑いので川で水浴びをしていてたらしい。こういう暑い時はちょこちょこ水をかけるより、ザブンと1発水につかった方が良いのは彼のトレイル経験の長さからくるノウハウだろう。

そのままの勢いでタクさんは関川を走っていき、あっという間に視界から見えなくなってしまった。 自分はというとスピードは上がらず、少し走っただけで心拍が危険ゾーンまで上がり、頭がボーっとしてきて、とうとう歩くことしかできなくなってしまった。

この暑さを想定して8月は生涯で最も走りこんだ。それでも走りきることが出来ない自分を情けなく思った。そして視界が朦朧としている中に、見た事がある三角形のロゴのTシャツを着た人影が見えた。なでしこDMJのチエコさん。ボトルから首から背中にかけて一発の水を噴射。さすがトレイルランナーだけに、水をかける場所を良くわかっている。これでかなり回復する。

再び走れるようになり、パワーアップした信越五岳の名物私設エイドが再び出現。これで元気になったのだが、、、関川を越えてトレイルに入ってしばらくすると熱中症の症状がひどくなり、頭痛や吐き気もひどく、もうレースを止めてしまいたいと思うほど具合が悪くなってしまった。今回のレースで最もローな状態になってしまった。

関川も走れなかったし、この先も走れないだろう。目標タイムも達成できそうにない。5Aで待っているペーサーのモッシーになんて言えばいいだろう?「モッシーごめんよ」いろいろな止める言い訳がぐるぐる回っていた。

関川を抜けてトレイルに入るが、これ以上身体が熱くならないように とにかく歩きまくりでランナーにも抜かれまくった。45kmくらいの所に沢があり、どかっと荷物を全部降ろして上半身を沢に突っ込んだ。めちゃくちゃ冷たい自然の水が心地よい。10分くらい冷やしていただろうか。ブルブル震えるくらいとにかく体温を下げまくったら、ようやくキロ7分ペースくらいで走れるようになった。このトレイルは日陰でアップダウンも無くとても走りやすく、ペースを回復させることが出来た。なんとか5Aまでは行けそうな感触を掴んだ。

後編へ続く

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2012年6月10日 (日)

2012 OSJ奥久慈トレイル50K レポート

またしてもキツいトレイルレース2012 OSJ奥久慈トレイル50Kにエントリー。

UTMFを仕事の都合でDNSしてしまっただけに楽しみにしていたのだが…やはり過酷さでは国内屈指のこのレース。タダでは済まされなかった。


≪スタート前≫
今では国内レース参加は珍しい、"世界の鏑木"選手の挨拶からスタート。


≪スタート~第一関門:~11km≫
今回はチームメンバー3人と参加。チーム2名はトレイルランレース歴は1年くらいで、30km以上のレース経験は無い。この奥久慈のタフさを知らない無謀なチャレンジャーである。


今回からこれまでと逆走するようなコースレイアウトに変更になった。それによって、スタートして直ぐに袋田の滝を経由するコースとなった。


前回最後に苦しめられた月居山が今回最初の山となる。これが果たしてレースにどんな影響を与えるのだろうか?それはゴールするまではわからない。

月居山を過ぎてから、スタートしてからしばらくして繰り返されるアップダウンで体調不良と軽い脱水症状となり、殆ど走れない状態になってしまい、完全にリタイアするつもりで持方の第一関門まで到達。第一関門で40分ほどベンチで寝ていた時、リタイアするか?続行するか?頭の中で葛藤。目を覚ますと前を向いて走るランナーが続々と通り過ぎる。みんなまだ諦めていない。とりあえずダメだと思うところまで進もう。ベンチから起き上がり、この先の第二関門までの14kmにとても恐怖を感じながら、食べ物を受け付けない胃にエナジーバーを無理やり押しこみながら進んだ。(防寒用にポンチョを貸していただいたボランティアの方、ありがとうございました)

(この後、カメラのSDカードのメモリーが無くなってしまい撮影できず)


≪第一関門~第二関門:~25km≫
この日は朝から天気が良く、雨予報は外れたかな?と楽観していたら、湯沢峡のエイドの後、鎖場とトレイルが交錯する奥久慈トレイルの核心部ともいうべき篭岩を過ぎた付近で強い雨が降って来てしまい、トレイルは徐々にドロドロとなり、まだフラフラした自分の足取りと相まってスリップを連発。第一で押し返したはずのリタイアの文字が再び浮かんできて、もう第二関門でリタイアする気満々で進んだ。第二関門のゲートがある竜神大橋が見えて来て、最後の力を振り絞って走れる所は走って進むと、制限時間残り4分で関門を通過してしまった。実は2回目のレースであった事もあり、まさか関門時間に迫る位になるとは思っていなかったので、関門時間を記憶していなかった。

ギリギリ関門を通過できたが、体調次第ではリタイアするかどうか体の具合を見つつ水分補給等をしていたら、スイーパーから走行続行の意思を確認する点呼が始まった。自分の後に通過したランナーは2,3人だったと記憶している。「行きますっ」と手を挙げると、主催のタッキーが、おいおいマジでこれから行くのかよ?って顔で「え?行くの?」と訊いて来た。そして、出発前にトイレに行った時に、既に優勝してゴールして休んでいた鏑木選手とバッタリと会ってしまった(第二関門とゴールは同じ場所)。最初、「あれ?」(なんでこんな早い時間にここにいるの?)という顔をされ、「いえ、今関門通過したばかりです。ビリかもしれないですが、ゴールします!」と宣言してしまったが、これで気持ちのスイッチが入った。


≪第二関門~第三関門:~44km≫
時間は13時過ぎ。この区間は幸いな事にロードと林道で走りやすいのだが、雨雲は去りカンカン照りの空が広がり、木陰はなく太陽が脱水気味の身体を鞭打つ。雨の次は暑さか…ここからならまだ関門には戻れる。と、ふっ切ったはずのリタイアしたい気持ちが再び復活。しかし、集落の私設エイドが続き、頭に水をかけてもらい、麦茶をいただくと前に進もうという気力が湧いてきたが、背後に迫るスイーパーの気配は消えていない。そして、暑いロードを進んでこの区間の1/3くらいにある東金砂山神社に来ると、再びタッキーが出現。「こんな所でまた会った!」と(がんばるねぇ~的なニュアンスで)。そして「この先の林道を歩かなければ間に合う」と背後から教えてくれた。距離残り11kmで1時間半を切っていた。今のコンディションなら不可能だ。しかし、第三関門を自分のゴールとしよう。そこまでやりきって終わろう。そう思い、東金砂山神社の階段を上がって境内の鐘を鳴らして関門に間に合う事を祈願して林道へ進んだ。

林道は脚が終わったのか?もう間に合わないと諦めたのか?歩いている人が殆どだった。関門まであと1時間。残り何キロからわからないが周囲はザ・山中というくらい関門の気配は全くない中で、前方に腰高で颯爽と走るランナーを発見した。そのランナーをペーサーにして進む事にした。彼が諦めていないならまだ間に合うのかもしれない。その可能性に賭けてみた。残り30分。ようやくトレイルが終わり、下りのアスファルトのロードになったが、標高は高くまだ関門の気配は全くない。勝手にペーサーにしていたランナーに数mまで接近すると、自分と同じチームメンバーだった。それすらも分からないくらい、意識が朦朧としていたのだとその時気がついた。

残り20分。チームメンバーと共に関門を目指す。国道の前後に関門は見えない。コースを間違ったのか?と不安になっていると、遠くに立ち並ぶフラッグが見えた。そして、その横に停まっているのは路線バスと思っていたバスはそうではなく収容バスだった。ここまで来たら収容バスには乗らねえ!制限時間10分前に第三関門を通過。


≪第三関門~予備関門:~50km≫
関門を通過するも、今度は予備関門までの制限時間は容赦なく迫る。ゆっくりする間もなくメンバーと共に予備関門を目指す。予備関門まではほぼアスファルトのロードだけで本来なら走りやすいはずなのだが、今度はメンバーの様子がおかしくなる。先ほどの林道で脚を使い果たし走れなくなってしまったのだ。先の林道では彼をペーサーにしていたおかげで関門に間に合ったのだから、今度は自分がペーサーになろうと決めた。しかし、歩いては間に合わない距離と時間。あの電柱まで走ろうと小さい目標を示して、歩きと走りを混ぜながら進んだ。そして制限時間15分前に予備関門を通過。


≪予備関門~ゴール:~58km≫
ライト所持確認のチェックを受け、先に進む。ここからは下り基調のトレイルとなり、同メンバーの調子も回復。残り4kmを約1時間で行けばよい。気持ちはぐっと楽になった。トレイルは暗くなりかけていたが、ライトを使用せず再び第二関門で通ったダムのロードに降り立ち、しばらくジョグで進むと竜神大橋が見えてきた。宣言通り、ビリに近い順位でなんとか戻って来られた。そして、チームメンバーと手をつないで共にゴール!待っていてくれたメンバーと完走を喜びあい、奥久慈トレイル50Kを時間内完走で終える事が出来た。


≪レースを終えて≫
リザルトを見ると、完走者の中で第二関門通過者のタイムでは最遅のタイムであった。スイーパーにマークされるのは当然なわけだ。タイムは第二回目に参加した時より3時間もオーバーしてしまったが、何度も湧きあがる「リタイアしたい」という気持ちをねじ伏せ、地元の方々の応援に励まされ、そして最後は諦めの悪い(笑)チームメンバーと偶然会えたことで、チームワークによってゴールできた事で、これまでのレース歴の中で味わった事がない新たな感覚のゴールだった。


≪今回試したギアたち≫
今回3つのギアを試したので、今後レポートしていく。
Img_5603


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2011年11月29日 (火)

信越五岳トレイルランニングレース110km (3)

スイマセン…1カ月空いてしまいました。とはいえ、いまだに空気や匂いまでハッキリと記憶に残っている素晴らしい体験でした。今回でゴールになります。

Sfmt8a

【6A 81km地点】
古池を過ぎてから日は完全に落ち、ライトが無いと進めないナイトランモードになる。ロードを少し走り、6A(81km)に到着。

6Aに家族の姿は無く、携帯の電波も掴らずはたしてどこにいったのだろうか?わからないが、とりあえずエイドでの補給を優先した。

この道路沿いにある地味な6Aのエイドが何故か信越五岳の中でも一番好きなエイドだ。一昨年の女子優勝争いをハラハラしながら見たのもこのエイドで思い出深いエイドという事もある。このエイドで差し出された俵にぎりはランナーの事を考えて小ぶりで食べやすくてなっていて何個も食べてしまい、お腹がいっぱい。ここでも少し長居をしてしまったが、十分に腹を満たして7Aに向かった。

7Aまでは道路や遊歩道を入ったり、出たり。平坦で走りやすい。途中、道路に出た時に暗闇でUTMB土産のカウベルの音がして、家族が応援している事が良く分かった。暗く寒い中、誰が来たのかまったくわからないが、ヘッドライトを点灯した選手が来たら誰でも大声で応援している様子に感動し、そして何としてもゴールしようと思った。

戸隠神社の奥社の参道を通過。最近のパワースポットブームで注目を浴びる観光地となっている。そんなわざわざ観光で訪れる場所を地元協力の上、神聖なる場所を正々堂々走れるのだから、それだけでもこの大会はとても価値が高い大会だと思う。

【7A 87km地点】
パワースポットの奥社を抜け、パワーを充電して真っ暗な鏡池に辿り着く。次回は明るいうちに来るぞ、と新たな目標を設定して、鏡池のそばにある7A(87km)へ到着。ここでsasashinさんに会う。sasashinさんとはトレーニングやUTMB関連のイベント等で会う機会は多いが、実際の大会のコース上で会ったのは今回が初めて。数週間前にモンブランで開催されたTDSでの熱い走りと完走をLive Trailで応援していたので、実際に対面するのが何かフワフワした妙な感じだった。ゴールでの再会を約束して、6Aエイドで食べ過ぎてしまったので、この7Aエイドはコーラを1杯飲んですぐに走りだした。

【8A 92.3km地点】
戸隠神社中社の迫力のある杉並木の参道を走りぬけると間もなく8A(92km)に到着。ここは第1回大会と場所が変わり、以前よりさらに広い駐車場がエイドになっていた。8Aでは家族が待っていた。エイドでの家族の応援はここが最後となる。ここでようやく憧れのおそばを2年越しで食べられた。をもう1杯おかわりして腹を満たして「ゴールまで行くぞ!」と家族で円陣を組んで気合いを入れ、漆黒の瑪瑙山(めのうさん)へ向かった。最初は応援に慣れておらず逆に心配だったが、最後のエイドでは家族がとても頼もしく思えた。

第1回目からこの8A以降コース変更があり、ここから先は試走でも走った事が無い未知のコースだった。
20分程上り基調の瑪瑙山のトレイルをゆっくり上っていると、気がつかずに抜いたsuuさんから声をかけられる。家族からsuuさんは30分くらい前にいると訊いていたので絶対追いつけないだろうと思っていたので、少し驚いてしまった。しばらく話ながら並走して先に行った。長い上りが続き、あとどれくらいで上りが終わるのか?全くわからない状態で登っていたこともあり、この上りが永遠と続きそうに途方に暮れていた時、後方から再びsuuさんに追いつかれ、そのまま一気に抜かれ、あっという間に見えなくなってしまった。もちろん追いつける脚は残っていない。良き友であり、ライバルのsuuさんとのミクロなバトルがこの漆黒の瑪瑙山で展開していた。

ようやくこのレースの最高地点、瑪瑙山1738mののピークに辿りついた。昼間なら見晴らしの良いであろう木々の無いひらけた下りを駆け下りた。幸い、下りの脚はまだ残っていた。Facebookでコースディレクターの石川弘樹さんが自身でこの下りを駆け下りるムービーをアップしていたのだが、その映像がここかとイメージが重なった。所々凹みがあるが、丁寧に看板が置かれていて暗くても安全に下ることが出来た。

そして再びsuuさんに追いつき先行した。1回下りきり、もう1回上りがあるのだが、最後の上りの脚を殺さないようパワーをセーブしならが上っていたら、100kmの看板。あと10km!そして、案外早くコース最後の頂上を迎えてしまった。コースを知っているか、知らないかはアドバンテージになるのだなと改めて感じた。ここを下り切ればあとは長い林道を抜けてゴールだ。

【~ゴール】
林道に出ると簡易エイドがある。水も残っていたのでスルー。林道は道が広く走りやすい。多くのペーサーをつけたランナーとすれ違った。最後の力を振り絞って林道を調子良く走っていたが、やはりそう簡単にはいかなかった。残り5km地点に来たときにガクッっとペースダウン。先ほど抜いたペーサー付ランナー達に再び抜かれてしまった。もうラストスパートできる脚は終わってしまっていた。林道の木々から光が見えはじめ、ゴールの気配がしてきた。トレイルランをやっていて一番気持ちが良いのがゴールではなく、ゴールとトレイルの間に来た時だ。もう走りたくないという感覚と、もう終わってしまうのかという名残惜しい気持ちの両方が味わえる感傷ポイントだからだろう。
ゴールゲート手前でjunさんから応援をもらう。この時、junさんの順位は知らなかったが、女子2位という素晴らしい成績。そんな限界まで走り切ってのこの元気な応援にまわる姿勢。もう優勝!

そして、ゴールゲートが見えた。ゴール手前で家族を呼んで、約束通り手をつないで念願のゴールを果たした。今回は自分だけではゴール出来なかった、という事をヒシヒシと感じながらのゴールだった。

■ゴール 110km 17時間45分

CIMG2267


【おわりに】
既に定年を迎えつつ、いまだに時々現役で働いている元気な父母だが、さすがに慣れない屋外で17時間近く応援をしていたのだから、疲れた表情からずいぶんハードな体験をさせてしまったなと思わずにはいられなかった。今回家族の応援があってわかったのが、この大会がなぜ朝5時スタートなのか?なぜ110kmという距離なのか?普段は走らない一般の応援者の事を考えるとギリギリの時間と距離設定であるのだと気がついた。

ランナーだけではなく応援者の事まで考え抜かれた上でこの時間と距離の設定。もしこれ以上長い距離の大会だったら?今回家族の応援は最初からやめていたかもしれないし、もし家族の応援が無ければ感動も薄かっただろう。ランナーだけではない、広い視野で開催されている事がわかった。

プロデューサーの石川弘樹さんをはじめ、地元の方々が作り上げた3年目を迎えた信越五岳トレイルランニングレースは、コースや運営含め回を重ねる毎に良くなっていて、この大会の完走を目指して1年がんばるに値する日本トップクオリティの大会と言っても過言ではないだろう。

仕事の都合もあって来年は出られるかわからないが、2年越しで念願の完走を果たせたので、もし出られなかったら今度はペーサーとして出るのも別の視点から見られて面白いかもしれないと思っている。

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2011年10月26日 (水)

信越五岳トレイルランニングレース110km (2)

(1)から続き…


関川をほぼ走り切り、

「ここで終わってもいい」

というのは奢った考えであった。関川走破で脚を使い果たしてしまったので本当に終わってしまいそうな状態であった。もう登りの脚は完全に終わっていた。その後の4Aまでのトレイルは平地が多く気持ち良く走れる平坦なトレイルの区間だが、ほとんど歩き通してしまった。これでは前々回の怪我をした時とほぼ同じ展開ではないか。成長があったようで、無かったような複雑な気持ちのままあの土管をくぐり51.5km地点4Aに到着。

これでもまだ110kmの半分に達していない。4Aで家族を探すが見当たらず。電話してみると妙高のホテルにいた。まだ着かないと思っていて休んでいたらしい。応援が初めてだから、こういう事はあるのは想定内だったので、ジェルは多めに背負っていたし、4Aの笹寿司をいただいたので食料は全く問題無かった。家族もいないので、トイレをすませ、歩きながら食べ物を食べつつ5Aに向かった。

黒姫の長い長いだらだらと続く林道を上りはじめた。ここも苦手なポイントだ。速い人はここも走っていってしまうのだろうが、自分は既に登りの脚は完売なので歩き通していいると、後からどんどん抜かれた。しかし、下りはまだ脚は残っていて、登りで抜かれた人を下りで抜き返すという攻防で水力発電のパイプの急坂に到達。走れそうで走れない傾斜より、絶対に走れないと思える角度の急坂の方が幾分楽に感じるのは何故だろうか?

パイプ横を登り切るとクロスカントリーコースに出る。ここからは走ろうと思っていたが、ちょっとした上り傾斜があるとすぐに歩きたくなってしまう。その時、背後から応援で待機していたISOさんに大きな声援をもらい、走りに弾みがついた。応援は本当にありがたい。そして開けた牧草地帯と背後の妙高山の組み合わせが本当に美しかった。

66km地点の5Aに到着。ようやく半分を越えた。今度は家族がスタンバイしていた。脚が本当に終わっていて、父と母に思わず脚のマッサージをしてもらった。本来なら逆にしてあげるべき立場なのだが…。4Aでたっぷりと休みをとっていると、jirowさんが顔色悪く立っていた。低体温症になってしまい、少し休んでいるとのことだった。たしかにこの日は風が冷たかったが、自分は暑がりなので逆にこの寒さは有利に働いていたと思う。細い人には寒さはこたえたかもしれない。

補給を済ませ、6Aに向けて出発。ダムの階段をのぼり、トレイルにはいったが、まだ走れる状態になっていなかった。途中、同じくらいのペースの選手と話しながら進むことができ、その彼も自分と同じく前日まで仕事でほとんど寝ずにスタートしたという話を聞いたことで、自分だけでは無いと思うと徐々に力が湧いてきてさらにペースは復活してきた。

足場が悪くグチャグチャの黒姫上りではあったが、走りと歩きを混ぜた良い感じのペースで黒姫を上り切れた。このペースなら鏡池に明るいうちに行けるかも?という期待感があったが、日は間もなく落ち、ヘッドライトが無いと進めない状態となると、木の根が複雑に絡んだトレイルは滑りやすく、この黒姫の下りでは思ったほどペースは上げられず、鏡池の景色を見る事は叶わなくなってしまった。ここで復活したjirowさんが猛烈に追い上げてきて合流。しばらく並走していた。

鏡池の景色は拝めなかったが、日没ギリギリ手前の古池に降り立つと、池はアメンボの波紋すらなく鏡のような状態になっていて、逆光の陰になった木々と少し雲った空とが映りこみ、上下を鏡に挟まれて空中を走っているような不思議な感覚になった。この霧でかすんだ完全にモノトーンのグラデーションで構成された景色はまさに東山魁夷の風景画そのものだった。長野を愛し長野に美術館がある程の東山魁夷は本当にこんな景色を見て描いたのだなと合点がいった瞬間だった。鏡池とは違った、古池である瞬間にしか見られない幻想的な景色が見られ得した気分になった。

その後、日は完全に落ちてしばらく走って81km地点の6Aに到着。

Sfmt02

(3)続く…


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2011年10月25日 (火)

信越五岳トレイルランニングレース110km (1)

東日本大震災の影響で今年エントリーしていた大会が軒並みキャンセルとなってしまい、気がつけばロードもトレイル併せてレースに出るのは約1年半ぶり。そして、その1年半ぶりの大会がいきなり110kmという事になってしまった。

前日のレセプションには参加できず、朝はトイレの行列で待っているだけで時間が過ぎ、久々に会える仲間に挨拶も満足にできず、あれよあれよとスタートラインに並んだ。

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今回のレースで一番違う事は、両親と姉と甥っ子がサポーターとして応援に来てくれた事。トレイルレースを見るのも初めてで、応援の仕方も全くの素人。実家にもあまり顔を出さないので今回は家族とエイドで過ごす時間を大切にして、最後はみんなで手をつないでゴールすること。ただそれだけを思って後方からゆるゆるとスタートした。

トレイルランを知らない両親はトレイルランとはファイト一発!的な危険なスポーツだと思っている節があった。危険じゃ無いといえば嘘になるが、スポーツはそれぞれ危険さがつきまとうので、トレイルランだけが際立って危険なわけではない事を実際に見てわかってもらいたかった。

そして、もうひとつの個人的な目標は「関川(約7kmの川沿いの砂利道)を走り通す」こと。前々回の第一回の信越五岳では苦しくて関川を走れず、その後に中足骨を疲労骨折して4Aでリタイヤするという体験があり、自分の中では信越五岳の思い出は関川で終わっていて、関川に対するトラウマが2年間強く残っていた。なので何としても関川を走り切っておきたかった。

1年半も大会から離れると、自分がレースでどうやって走っていたか?という事は完全に忘れていた事に走りはじめて気がついた。はたして110km走り切れるだろうか?不安を抱えたまま、序盤はゆるいジョグペースで走る。しかし、久々のトレイルを走れる事が信じられず、走っていると時間がスローモーションになったように感じ、木々の葉1枚1枚が鮮明に見えた。不安よりトレイルを走れている事の嬉しさが勝っていて、いつしか不安は無くなっていた。…そんな晴れやかな気持ちでいた矢先にコース上の蜂の集団の中に突入してしまい、腕を蜂に刺されてしまった。そう簡単には完走させてくれないらしい。刺された箇所はズキズキと痛み、いきなりのアクシデントで凹むが、逆にその痛みで疲れや脚の痛さが紛れればいいとプラス思考に転換した。3,40分走って1Aに到着し、ドクターに患部を診せると心配ないとのことで、一安心して先に進む。

斑尾をぐるっと1周する頃には身体もようやくトレイルの感覚を取り戻していた。速いペースでは無いが体幹を使った走りが出来ていて、体調は良くノーダメージで2Aに到着。エイドに家族がいる事に慣れておらず、少し恥ずかしさを感じた。

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その後袴岳を攻略し、袴岳の長い下り林道もイーブンペースで進み3Aに到着して宿敵の関川に来た。宿敵3Aの前に家族との団らん時間を十分にとって、食べ過ぎるくらい食べ物を食べて宿敵関川へ向かった。

序盤は軽快に進むも、上流に向かっていて傾斜があるだけに、中盤手前から脚の筋肉が悲鳴をあげはじめる。心拍は制限値よりプラス5オーバーしていたが、「打倒関川!」の目標があり意地を張って走り通す事を優先した。後半は脚がプルプルと足攣り手前の状態になっていたが、そのまま無理して関川の最後の橋を渡ったところで脚が攣りはじめてしまった。目の前に見えるトレイルに入るまでキッチリと走り通したかったが脚が攣ってしまったのでそこから歩きはじめた。しかし、9.8割は走り通せたので満足だった。一つの目標を達成できたので、もうここでレースは終わりでいいんじゃないかとさえ思っていた。

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(2)へ続く…

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2010年6月13日 (日)

第2回 道志村トレイルレース

だいぶ時間が空いてしまいました。
ようやくblogを書けるようになったので、ボチボチ書いていきます。

もう約1ヵ月前ですが、第2回 道志村トレイルレースに参加してきました。
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先日の試走は悪天候で中止となってしまい、前半15kmの試走で終わっていた。あとは、周りの仲間とblog等の情報が頼りとなる。

そんな数ある情報源の中で、昨年参加した「ゆぅさんのレポート」が秀逸で、彼のコースタイムを高低図に書き込んで、それをガイドに本番へ挑んだ。(下図)
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以下はこれを見ながら読むとわかりやすいです。タイム表示上がゆぅさんのタイム。()がカシミールでのコースタイム。黒が関門制限時間。しかし今回は第2関門手前からコース変更があるのであくまで目安となる。

●スタート~ブドウ沢ノ頭[4.15km]
ゴースト) 累積0:49
自分) 累積0:50 
前半の渋滞に巻き込まれないよう前の方に並んだが、予想外にペースが速い。しかも心拍計のベルトを忘れてしまい、今回は体感で心拍を判断するしかない。慣れてはいたつもりだが、相当オーバーしていたはず。
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(トレイル入り口は狭く、ここは予想通り渋滞)

試走の時はブドウ岩まで50分だったが、レース当日も同じく50分。
これだけ一生懸命走って、前回は緩めで走った時と全く同じタイムに愕然。


●~菜畑山着[5.5km]
ゴースト) 累積1:10
自分) 累積1:17 
若干遅れ。
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富士山がきれいに見える。


●~今倉山[9.05km]
ゴースト) 累積1:47
自分) 累積2:05

特に渋滞が発生したわけではないし、マジ走りしているが、着いてみたらゴーストから遅れること20分。ゆぅさん、あんた速いよ。

10km地点の道坂峠にある最初の給水場あたりから、脚に弱い痙攣を感じていて、電解質を1時間毎にとってきた。しかし痙攣は一向に治まらない状態が続く。

膝を痛めていたsuuさんに登りで抜かれ、下りで抜き返すという状態を何度か繰り返す。中ボスの御正体山の登りでこれ以上力むと攣ってしまうだろうという状態になり、ゆっくり登る。
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●~山伏峠(第1関門)[20.20km]
ゴースト) 累積3:50
自分)   累積4:04
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doshi
第1関門にて給水。その後スタートしたら…恐れていた脚攣りが起きてしまった。一旦休んで再スタートしたことで起こってしまったようだ。脚が攣っては立ち止まり、攣りが収まると歩く、という事を繰り返した。ここでタイム狙いは止め、完走目標に切り替えた。(この後はタイム記録せず)

この状態は練習不足によるものだ。GW中は忙しさで練習ができなかったが、部屋でスクワットをするくらいは時間が取れなかったわけではない。。。自業自得である。

しばらくして脚が落ち着き、まったり走る集団に追いつくと、suuさんがペースメーカーとなっていた。しばらくその集団の最後尾についていく。第1関門以降のコースはゆるいアップダウンと走りやすいシングルトラックの極上トレイルが続く。脚がこんな状態でなければさぞ気持ちよかったに違いない。

しばらくして前がだんだん詰まってきて、先に行かせてもらった。自分ひとりだと攣りがぶり返してしまうが、誰かについていると痙攣が収まる。不思議なものだ。

●~菰釣山(こもつるしやま)[25.60km]
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菰釣山を過ぎて、第二関門まで高度を徐々に下げて行く。山を下りきると渓谷沿いの気持ちよい林道コースとなる。途中の道志の森キャンプ場の自動販売機がやけに眩しく見えた(笑)


●~体験農園駐車場(第2関門)[31.65km]
第2関門に到着。なんとか制限時間以内に通過できた。あとは残り10kmを全部歩いてもゴールできるだろう。ふと時計を見ると、6時間3分。あれ???ゴーストより早い。
ゴースト) 累積6:06
自分)   累積6:03
一瞬、何が起こったかわからなかったが、コース変更で距離が短くなった、という事が容易に想像できた。(後で本人に訊いたところ、当時は悪天候で走れたものじゃなかったとか)

この第2関門でトイレを済ませ、水を補給。エイドでチョコをいただき、頭に水をかけてもらいリフレッシュ。さぁ!最後の登りの鳥ノ胸山へ…と出発すると、200mくらい進んだところで再び攣りがぶり返してしまった。第1関門と同じパターン。一旦休むとダメらしい。今度は足首が攣り出して足先が内側にひんまがった状態となり、そのまま歩いて進むしかなかった。そしてさらに追い討ちをかけるように、鳥ノ胸山の急登が出現。ありえない斜度のジグザグの木段が続く。後ろから来るランナーに先に行ってもらい、マイペースでゆっくり登る。

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あれが頂上か?

●~鳥ノ胸山(とんのむねやま)山頂[33.5km]
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最後の登りを終えた。あとはゴールまで下るのみ。

かろうじて下りは痙攣が抑えられているので、速度を上げることができた。
トレイルを下りきった所で「あと5km」の看板。その後ゴールまでは林道になる。

そして時計を見ると、7時間28分。・・・え?また残り5kmで28分?

青梅高水奥久慈と残り5kmで●時間28分での通過となり、1人で笑ってしまった。キロ6分で走れば●時をまたがずにゴールできるタイムだ。しかし、トレイルランのコース表示はアバウトなので5kmと書いてあってもあまり当てにならない。行けるとこまで行ってみるか、と脚攣り再発のギリギリのペースでラストスパートを開始。しばらく沢沿いの林道を下り、道志の湯が見えてくると既にゴールをしたランナー達とすれ違い、声をかけてもらう。苦しさを共有しているだけに応援の一言が熱く胸に刺さる。

しばらくしてゴール付近とわかる景色が見えて来た。残り400mくらいだろうか?時計を見ると7時間58分。
気持ちは50mくらい先にあるのだが、体は追いつかない。最後のカーブを曲がると、今朝スタートした中学校の体育館が見えてきた。


●~ゴール[41.3km]
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ゴール 7:59:45
最後のダッシュでかろうじて7時間台をクリア。残り15秒。

写真を見てわかるかと思うが、選手1人1人にゴールテープを用意してテープを切らせてくれている。
通常はトップランナーだけに用意されているのでテープを切った経験は初めて。

(まとめ)
この大会は第1回目が悪天候と厳しい時間制限だったので、非常に厳しいレースという印象が大きくなってしまったが、トレイルそのものは関東近郊にこんな走りやすい極上トレイルがあったのか、というコースが始終続き、大会でなくても来たくなるコースだった。また、たくさんの地元の方々のボランティアによる手厚いサポートがあり、非常に素晴らしい大会だった。今回はコースが若干短くなり関門時間30分延長もあり、ロングコースの完走率は前回の30%台から倍の66%にまで上昇。大会毎に改善されて来ている。
というわけで、OSJ奥久慈50Kに続き、関東近郊の素晴らしい大会をまたひとつ体験できた。


トレラン王国:道志村トレイルレース記事
suuさんレポート

blogにコメントが入らないという声が多数ありましたが、誰にもアクセス制限かけていないので大丈夫だと思うのですが、いかがでしょう?(といってもコメント入らない人は返事も出来ないのですが・・・。)


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