東北太平洋沖地震支援について
2011年3月11日以降、震災から5カ月たった今でもボランティアが派遣されない地域が山元町にあります。(■⇒関連記事)
公的な活動資金が無いのに復興のため活動している「おてら災害ボランティアセンター」(テラセン)へ支援の協力をお願いします。
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毎年恒例と言えるようになった一部の人には好評をいただいている「歴ロゲ」ですが、2月11日に番外編として変わった趣向を凝らして開催されます。
今回は本格的なロゲイニングではなく、オリエンテーリングと言った方が近く、ランや走力を試される事は一切無し。完全にエンターテインメントに振り切った形で開催されます。終わった後はそのまま夢の国で過ごすもよし。何かいつもと違う事を!という主催のsuuさんの心意気に賛同して、今回も実行委員として自分も参加します。ご家族、ご友人や、バレンタインも近いので気になっている男子を誘ってサプライズのチョコ渡し…などに使うもよし(笑)お時間ある人は是非参加してください。

関係無いですが、このJOY DIVISIONバージョンのTシャツが欲しいです。
※画像と記事の関連性はありません。
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写真は今流行りのいわゆるナチュラルランニング・シューズのALTRA/THE INSTINCTです。こちらはロード用です。
SKY HIGH MOUNTAIN WORKSさんから入荷後に即日発送していただき、到着の翌日に皇居ランを20kmしてきました。
箱を開けて気がついたのは以下2点。
●特徴①ZERO-DROPソール:
ZERO-DROP(足前とかかとのソールの厚さが1:1でフラット)のシューズは初めて履いたが、前部とかかとのソールの厚さが1:1ということだが、履くとかかとの方が若干下がって感じる。これはいままでかかとが上がったシューズが殆どだからそう感じるのだろう。実際に見るまでは薄いソールの印象だったが、前足部のソールの厚みはレース用のランニングシューズと同等か、それより厚いかもしれない厚さだ。

●特徴②前足幅の広さ:
足先の幅がとにかく広い。シューズの中で無理無く足指全開でパーにできるくらいに広い。
以上の2点がまず目立って他のシューズ違うところだと感じた。

●実際に履いて走ってみて:
走りはじめると、いきなり自然にフラット着地走法が出来た。特に意識することなく出来たのが不思議であり、このシューズの秘密なのだと思う。ZERO-DROPって何?という疑問がすぐにこの事だと体感できた。
そして、上記特徴②の足幅が広さは実は不安要素であった。足幅が広いと着地時に前足部の前アーチが出来ないということであり、前アーチが出来ないと衝撃吸収ができず、衝撃がダイレクトに足に来るのではないか?と不安だったのだが、シューズの前足部のクッションが適度に柔らかくアスファルトでも心地よい着地が出来てその不安は一蹴された。
しばらく走って思ったのが、このシューズで走るのは足先に専属のトレーナーがいるような感覚だった。ソールの形状から強制的にフォームを改造させるのではなく、あくまで自然に「この走り方の方が心地良いでしょう?」とナチュラルランニングのフォームをやんわりとお勧めしてくれる。コアなブランドのイメージとは反対でとてもソフトな主張の仕方だった。体が自然なフォームを感じた事で、久々に走っていて気持ち良さを感じた。
そして、皇居の周りを2周して10kmを過ぎた頃から、坂道になるとハムストリングス(尻から裏腿)全体に適度な負荷がかかることを感じる事ができた。これまでフォアフットを主張するシューズを履いた際には特にふくらはぎに負荷がかかっていたが、このシューズはふくらはぎは楽になり、上手くハムストリングスを使わせてくれる。これは正しいランニングフォームになっている証拠ともいえる。(参考:ウォーク&ランで男前)。

●走り終えて:
初履きながら写真など撮りつつキロ約5分30秒ペースで20kmを完走。終了後の脚のダメージは全く無し。この記事を書いている翌日もハムストリングスの違和感や痛みも無し。(※公式サイトでは初めての人は800mくらいから始める事を推奨しています)
●まとめ:
正しい筋肉に適度な負荷が効率よくかかれば、短距離・短時間のトレーニングでも、そのトレーニングの価値が上がる。そして、負荷を弱めたい初心者ならペースを落とせばいいし、負荷をかけたい上級者はペースを普段のペースまで上げたり、コースに坂道トレーニングを含めれば良い。そしてソールのクッション性が良すぎて物足りない人は付属の薄めのインソールに交換できる。初心者~上級者までどちらにも対応できる幅広さがある。というわけで、これからフラット、フォアフットランニングを始めたいと思っている人に訊かれたらまずこのシューズをお勧めしたい。
このINSTINCTはロード用だが、トレイル用にはLONE PEAKというモデルがある。(参考⇒■)
ALTRA JAPANサイト⇒■
関東取扱店:Hiker's Depot
関西取扱店:SKY HIGH MOUNTAIN WORKS
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縁があり発売前にモニターとしてサンプルをいただきまして、実戦投入しました。写真は使ったソックスを写してもアレなので…webカタログ写真です。
信越五岳110kmでスタートからゴールまでシューズ交換も無しで履き続けました。当日は雨では無かったものの、台風後の影響でぬかるみや水たまりに足を突っ込んで濡れてしまう場面が何度かありましたが、ソックスが少し濡れたかな?と思っているといつの間にか水分が拡散して蒸れを感じる事無く常にサラッとしていました。自分はへん平足なのですが、アーチサポートも良く、アーチの沈み込みが軽減されたのか?終了後はいつもより足の疲労が深くなかったです。生地が厚手なので、これからの冬場の低山でのトレイルランやハイキングにはちょうど良いと思います。ショート丈なのでカーフガードやロングスパッツと併せるとより良いでしょう。その前の8月の奥秩父縦走でも下界30度を越える中で汗だくで履いていました。それでも蒸れずに履けたのですが、春夏は熱のこもらない5本指タイプがより良いと思います。
これまでトレイルラン向けソックスはいろいろ履いてきましたが、今のところ一番気に入っているソックスです。1点要望を言えば、サイズ展開がMサイズ25.0~27.0cmまでしかない事。同社のロードラン用のソックスはLサイズまであるのに、なぜトレイル版はMまでなのか?是非Lサイズを出して欲しいです。
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一昨年は悪天候。今年は震災の影響で板橋シティマラソンが中止となり、今回のつくばマラソンが2年越しでの初のフルマラソンデビューとなった。まさか自分がフルマラソンを走るとは3年前までは夢にも思ってもいなかったのだが(むしろ出たくないと思っていた)、なぜかゼッケンをつけて袖なしのランニングシャツを着てスタートラインに立っているのだから不思議なものだ。
大会に向けてこれといって特別な練習はできなかったが、最低でも安田美沙子(3時間49分)は越えなければと思い挑んだ。
「軽快な前半」
ゴールラインを踏めたのがスタートして3分後。心拍計を見ると上がり過ぎていたので、2km地点で一回ペースを落とす。その後スタート5kmを過ぎてからは、身体が走りに慣れてきて堅調に5分前後ペースをキープしながら、時折キロ4分45秒ペースで進んでいた。決して無理して飛ばしていたわけでは無かった。
5kmに1回くらいのペースでジェルを一口消費。20km地点までは順調すぎるくらいに進んでいて、折り返しで1時間43分。このペースなら3.5を超えてラストスパートすれば3.2もイケるじゃないか?と夢を見始めていた。
しかし、ジェルは折り返し21km地点で無くなってしまい、それが起点になったのかはわからないが、身体に異変を感じ始めた。
「フルマラソンの洗礼」
ジェルが切れて折り返し地点を通過。徐々にペースが落ち始める。給水所でスポーツドリンクを飲んで若干持ち直すも、これまでキロ5分前後のペースで進んでいたのが、キロ5分15秒~30秒くらいにまで落ちてしまった。給水所を見つけてはスポーツドリンクを飲みを繰り返すが、給水所で止まる毎に元のペースに戻すまでのパワーが必要となり、逆にそれでどんどんペースが落ちて行くのがわかった。
さらに落ち込みが加速していくので、今度は各エイドであんぱんを鷲づかみして走りながら口に流し込んでいたのだが、時既に遅しの気配を身体で感じていた。
そして、35km地点に到達。ランナーで知識があると思える応援の人達が、
「このままのペースなら3時間半切れます!」
という熱のこもった応援の声があちこちから聞こえてきた。普通ならラストスパートをかける区間なのだけど、その熱い応援と反比例して、ペースは一気に6分台のペースに落ち込む。もうこれ以上のペースで走る事を身体が拒絶している。
これが「35kmの壁」なのか?!
解説⇒■
要約すると、35km地点になるとエネルギー不足になり、走れなくなってしまう現象。
ランニング雑誌を読めばかならず出てくるキーワード。
これまで、71.5km,98km,110kmとロングのトレイルレースを走ってきて、自分には35kmの壁は関係無い。という過信がどこかにあった。しかし、Nathan/Swiftのボトルにジェルを入れて挑んだので、まるっきり油断していたわけではなかった。ちゃんと、予防策はとっていた。
しかし、ジェルの量が足りなかったのは自分のエネルギーの消費量を知らない練習不足によるミスであったし、無いながら身体の中でエネルギーを回すサイクル作りが出来ていなかったという、こちらも練習不足がモロに出てしまった結果だ。
そして、応援の声は37km地点くらいになると明らかに変わって来ていた。
「がんばれー、あと少し」(パチパチ…乾いた拍手)
ここまで良く頑張ったという、なんとも微妙な笑顔での応援に切り替わっていた。サブ3.5の夢は完全に断たれたと思った。
残り3km。とうとうキロ7分ペースにまで落ち込む。立ち止まらないで走るのが精いっぱい。意地でも歩かないという気力だけで進んでいたが、残り1km手前の坂で一瞬歩いてしまった。
最後のトラック競技場に入る。ゴールゲートが見えながらもスパートもかけられず、ASIMOより遅いペース(時速9km/h キロ6分40秒)でトラックを半周し、ゴールゲート通過。
■記録 グロス:3時間36分(ネット:3時間33分)
というわけで、初フルはショッパイ感じのデビューとなった。ショッパイというのは時間では無く、自分をマネージメントできず最後まで満足に走り切れなかったという意味だ。トレイルでも最後に行くにしたがってペースが上がるくらいが理想的な走りだ。タイム的には次の目標が見えるところまで迫れたので全てが悪いレースというわけでは無かった。
今回のつくばでは山仲間が4名参加。みんなとてもがんばり、好成績連発。
ゴール後のビールがとても美味しかった!
「本当にあった、35kmの壁」
そして、家に帰り今回の心拍計のデータを見ると、本当に壁のような恐ろしいグラフが表示されていた。
【閲覧注意】これが35kmの壁の正体か?!【クリックすると大きくなります】

[上が心拍数で、下がVO2 max(最大酸素摂取量)]
…あぁ、恐ろしい。トラウマになりそうなグラフ。できればもう向かい合いたくない壁だ。
これを克服できたかどうか?来年1月の大会でまた報告します。
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スイマセン…1カ月空いてしまいました。とはいえ、いまだに空気や匂いまでハッキリと記憶に残っている素晴らしい体験でした。今回でゴールになります。
【6A 81km地点】
古池を過ぎてから日は完全に落ち、ライトが無いと進めないナイトランモードになる。ロードを少し走り、6A(81km)に到着。
6Aに家族の姿は無く、携帯の電波も掴らずはたしてどこにいったのだろうか?わからないが、とりあえずエイドでの補給を優先した。
この道路沿いにある地味な6Aのエイドが何故か信越五岳の中でも一番好きなエイドだ。一昨年の女子優勝争いをハラハラしながら見たのもこのエイドで思い出深いエイドという事もある。このエイドで差し出された俵にぎりはランナーの事を考えて小ぶりで食べやすくてなっていて何個も食べてしまい、お腹がいっぱい。ここでも少し長居をしてしまったが、十分に腹を満たして7Aに向かった。
7Aまでは道路や遊歩道を入ったり、出たり。平坦で走りやすい。途中、道路に出た時に暗闇でUTMB土産のカウベルの音がして、家族が応援している事が良く分かった。暗く寒い中、誰が来たのかまったくわからないが、ヘッドライトを点灯した選手が来たら誰でも大声で応援している様子に感動し、そして何としてもゴールしようと思った。
戸隠神社の奥社の参道を通過。最近のパワースポットブームで注目を浴びる観光地となっている。そんなわざわざ観光で訪れる場所を地元協力の上、神聖なる場所を正々堂々走れるのだから、それだけでもこの大会はとても価値が高い大会だと思う。
【7A 87km地点】
パワースポットの奥社を抜け、パワーを充電して真っ暗な鏡池に辿り着く。次回は明るいうちに来るぞ、と新たな目標を設定して、鏡池のそばにある7A(87km)へ到着。ここでsasashinさんに会う。sasashinさんとはトレーニングやUTMB関連のイベント等で会う機会は多いが、実際の大会のコース上で会ったのは今回が初めて。数週間前にモンブランで開催されたTDSでの熱い走りと完走をLive Trailで応援していたので、実際に対面するのが何かフワフワした妙な感じだった。ゴールでの再会を約束して、6Aエイドで食べ過ぎてしまったので、この7Aエイドはコーラを1杯飲んですぐに走りだした。
【8A 92.3km地点】
戸隠神社中社の迫力のある杉並木の参道を走りぬけると間もなく8A(92km)に到着。ここは第1回大会と場所が変わり、以前よりさらに広い駐車場がエイドになっていた。8Aでは家族が待っていた。エイドでの家族の応援はここが最後となる。ここでようやく憧れのおそばを2年越しで食べられた。をもう1杯おかわりして腹を満たして「ゴールまで行くぞ!」と家族で円陣を組んで気合いを入れ、漆黒の瑪瑙山(めのうさん)へ向かった。最初は応援に慣れておらず逆に心配だったが、最後のエイドでは家族がとても頼もしく思えた。
第1回目からこの8A以降コース変更があり、ここから先は試走でも走った事が無い未知のコースだった。
20分程上り基調の瑪瑙山のトレイルをゆっくり上っていると、気がつかずに抜いたsuuさんから声をかけられる。家族からsuuさんは30分くらい前にいると訊いていたので絶対追いつけないだろうと思っていたので、少し驚いてしまった。しばらく話ながら並走して先に行った。長い上りが続き、あとどれくらいで上りが終わるのか?全くわからない状態で登っていたこともあり、この上りが永遠と続きそうに途方に暮れていた時、後方から再びsuuさんに追いつかれ、そのまま一気に抜かれ、あっという間に見えなくなってしまった。もちろん追いつける脚は残っていない。良き友であり、ライバルのsuuさんとのミクロなバトルがこの漆黒の瑪瑙山で展開していた。
ようやくこのレースの最高地点、瑪瑙山1738mののピークに辿りついた。昼間なら見晴らしの良いであろう木々の無いひらけた下りを駆け下りた。幸い、下りの脚はまだ残っていた。Facebookでコースディレクターの石川弘樹さんが自身でこの下りを駆け下りるムービーをアップしていたのだが、その映像がここかとイメージが重なった。所々凹みがあるが、丁寧に看板が置かれていて暗くても安全に下ることが出来た。
そして再びsuuさんに追いつき先行した。1回下りきり、もう1回上りがあるのだが、最後の上りの脚を殺さないようパワーをセーブしならが上っていたら、100kmの看板。あと10km!そして、案外早くコース最後の頂上を迎えてしまった。コースを知っているか、知らないかはアドバンテージになるのだなと改めて感じた。ここを下り切ればあとは長い林道を抜けてゴールだ。
【~ゴール】
林道に出ると簡易エイドがある。水も残っていたのでスルー。林道は道が広く走りやすい。多くのペーサーをつけたランナーとすれ違った。最後の力を振り絞って林道を調子良く走っていたが、やはりそう簡単にはいかなかった。残り5km地点に来たときにガクッっとペースダウン。先ほど抜いたペーサー付ランナー達に再び抜かれてしまった。もうラストスパートできる脚は終わってしまっていた。林道の木々から光が見えはじめ、ゴールの気配がしてきた。トレイルランをやっていて一番気持ちが良いのがゴールではなく、ゴールとトレイルの間に来た時だ。もう走りたくないという感覚と、もう終わってしまうのかという名残惜しい気持ちの両方が味わえる感傷ポイントだからだろう。
ゴールゲート手前でjunさんから応援をもらう。この時、junさんの順位は知らなかったが、女子2位という素晴らしい成績。そんな限界まで走り切ってのこの元気な応援にまわる姿勢。もう優勝!
そして、ゴールゲートが見えた。ゴール手前で家族を呼んで、約束通り手をつないで念願のゴールを果たした。今回は自分だけではゴール出来なかった、という事をヒシヒシと感じながらのゴールだった。
■ゴール 110km 17時間45分

【おわりに】
既に定年を迎えつつ、いまだに時々現役で働いている元気な父母だが、さすがに慣れない屋外で17時間近く応援をしていたのだから、疲れた表情からずいぶんハードな体験をさせてしまったなと思わずにはいられなかった。今回家族の応援があってわかったのが、この大会がなぜ朝5時スタートなのか?なぜ110kmという距離なのか?普段は走らない一般の応援者の事を考えるとギリギリの時間と距離設定であるのだと気がついた。
ランナーだけではなく応援者の事まで考え抜かれた上でこの時間と距離の設定。もしこれ以上長い距離の大会だったら?今回家族の応援は最初からやめていたかもしれないし、もし家族の応援が無ければ感動も薄かっただろう。ランナーだけではない、広い視野で開催されている事がわかった。
プロデューサーの石川弘樹さんをはじめ、地元の方々が作り上げた3年目を迎えた信越五岳トレイルランニングレースは、コースや運営含め回を重ねる毎に良くなっていて、この大会の完走を目指して1年がんばるに値する日本トップクオリティの大会と言っても過言ではないだろう。
仕事の都合もあって来年は出られるかわからないが、2年越しで念願の完走を果たせたので、もし出られなかったら今度はペーサーとして出るのも別の視点から見られて面白いかもしれないと思っている。
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(1)から続き…
関川をほぼ走り切り、
「ここで終わってもいい」
というのは奢った考えであった。関川走破で脚を使い果たしてしまったので本当に終わってしまいそうな状態であった。もう登りの脚は完全に終わっていた。その後の4Aまでのトレイルは平地が多く気持ち良く走れる平坦なトレイルの区間だが、ほとんど歩き通してしまった。これでは前々回の怪我をした時とほぼ同じ展開ではないか。成長があったようで、無かったような複雑な気持ちのままあの土管をくぐり51.5km地点4Aに到着。
これでもまだ110kmの半分に達していない。4Aで家族を探すが見当たらず。電話してみると妙高のホテルにいた。まだ着かないと思っていて休んでいたらしい。応援が初めてだから、こういう事はあるのは想定内だったので、ジェルは多めに背負っていたし、4Aの笹寿司をいただいたので食料は全く問題無かった。家族もいないので、トイレをすませ、歩きながら食べ物を食べつつ5Aに向かった。
黒姫の長い長いだらだらと続く林道を上りはじめた。ここも苦手なポイントだ。速い人はここも走っていってしまうのだろうが、自分は既に登りの脚は完売なので歩き通していいると、後からどんどん抜かれた。しかし、下りはまだ脚は残っていて、登りで抜かれた人を下りで抜き返すという攻防で水力発電のパイプの急坂に到達。走れそうで走れない傾斜より、絶対に走れないと思える角度の急坂の方が幾分楽に感じるのは何故だろうか?
パイプ横を登り切るとクロスカントリーコースに出る。ここからは走ろうと思っていたが、ちょっとした上り傾斜があるとすぐに歩きたくなってしまう。その時、背後から応援で待機していたISOさんに大きな声援をもらい、走りに弾みがついた。応援は本当にありがたい。そして開けた牧草地帯と背後の妙高山の組み合わせが本当に美しかった。
66km地点の5Aに到着。ようやく半分を越えた。今度は家族がスタンバイしていた。脚が本当に終わっていて、父と母に思わず脚のマッサージをしてもらった。本来なら逆にしてあげるべき立場なのだが…。4Aでたっぷりと休みをとっていると、jirowさんが顔色悪く立っていた。低体温症になってしまい、少し休んでいるとのことだった。たしかにこの日は風が冷たかったが、自分は暑がりなので逆にこの寒さは有利に働いていたと思う。細い人には寒さはこたえたかもしれない。
補給を済ませ、6Aに向けて出発。ダムの階段をのぼり、トレイルにはいったが、まだ走れる状態になっていなかった。途中、同じくらいのペースの選手と話しながら進むことができ、その彼も自分と同じく前日まで仕事でほとんど寝ずにスタートしたという話を聞いたことで、自分だけでは無いと思うと徐々に力が湧いてきてさらにペースは復活してきた。
足場が悪くグチャグチャの黒姫上りではあったが、走りと歩きを混ぜた良い感じのペースで黒姫を上り切れた。このペースなら鏡池に明るいうちに行けるかも?という期待感があったが、日は間もなく落ち、ヘッドライトが無いと進めない状態となると、木の根が複雑に絡んだトレイルは滑りやすく、この黒姫の下りでは思ったほどペースは上げられず、鏡池の景色を見る事は叶わなくなってしまった。ここで復活したjirowさんが猛烈に追い上げてきて合流。しばらく並走していた。
鏡池の景色は拝めなかったが、日没ギリギリ手前の古池に降り立つと、池はアメンボの波紋すらなく鏡のような状態になっていて、逆光の陰になった木々と少し雲った空とが映りこみ、上下を鏡に挟まれて空中を走っているような不思議な感覚になった。この霧でかすんだ完全にモノトーンのグラデーションで構成された景色はまさに東山魁夷の風景画そのものだった。長野を愛し長野に美術館がある程の東山魁夷は本当にこんな景色を見て描いたのだなと合点がいった瞬間だった。鏡池とは違った、古池である瞬間にしか見られない幻想的な景色が見られ得した気分になった。
その後、日は完全に落ちてしばらく走って81km地点の6Aに到着。
(3)続く…
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東日本大震災の影響で今年エントリーしていた大会が軒並みキャンセルとなってしまい、気がつけばロードもトレイル併せてレースに出るのは約1年半ぶり。そして、その1年半ぶりの大会がいきなり110kmという事になってしまった。
前日のレセプションには参加できず、朝はトイレの行列で待っているだけで時間が過ぎ、久々に会える仲間に挨拶も満足にできず、あれよあれよとスタートラインに並んだ。

今回のレースで一番違う事は、両親と姉と甥っ子がサポーターとして応援に来てくれた事。トレイルレースを見るのも初めてで、応援の仕方も全くの素人。実家にもあまり顔を出さないので今回は家族とエイドで過ごす時間を大切にして、最後はみんなで手をつないでゴールすること。ただそれだけを思って後方からゆるゆるとスタートした。
トレイルランを知らない両親はトレイルランとはファイト一発!的な危険なスポーツだと思っている節があった。危険じゃ無いといえば嘘になるが、スポーツはそれぞれ危険さがつきまとうので、トレイルランだけが際立って危険なわけではない事を実際に見てわかってもらいたかった。
そして、もうひとつの個人的な目標は「関川(約7kmの川沿いの砂利道)を走り通す」こと。前々回の第一回の信越五岳では苦しくて関川を走れず、その後に中足骨を疲労骨折して4Aでリタイヤするという体験があり、自分の中では信越五岳の思い出は関川で終わっていて、関川に対するトラウマが2年間強く残っていた。なので何としても関川を走り切っておきたかった。
1年半も大会から離れると、自分がレースでどうやって走っていたか?という事は完全に忘れていた事に走りはじめて気がついた。はたして110km走り切れるだろうか?不安を抱えたまま、序盤はゆるいジョグペースで走る。しかし、久々のトレイルを走れる事が信じられず、走っていると時間がスローモーションになったように感じ、木々の葉1枚1枚が鮮明に見えた。不安よりトレイルを走れている事の嬉しさが勝っていて、いつしか不安は無くなっていた。…そんな晴れやかな気持ちでいた矢先にコース上の蜂の集団の中に突入してしまい、腕を蜂に刺されてしまった。そう簡単には完走させてくれないらしい。刺された箇所はズキズキと痛み、いきなりのアクシデントで凹むが、逆にその痛みで疲れや脚の痛さが紛れればいいとプラス思考に転換した。3,40分走って1Aに到着し、ドクターに患部を診せると心配ないとのことで、一安心して先に進む。
斑尾をぐるっと1周する頃には身体もようやくトレイルの感覚を取り戻していた。速いペースでは無いが体幹を使った走りが出来ていて、体調は良くノーダメージで2Aに到着。エイドに家族がいる事に慣れておらず、少し恥ずかしさを感じた。

その後袴岳を攻略し、袴岳の長い下り林道もイーブンペースで進み3Aに到着して宿敵の関川に来た。宿敵3Aの前に家族との団らん時間を十分にとって、食べ過ぎるくらい食べ物を食べて宿敵関川へ向かった。
序盤は軽快に進むも、上流に向かっていて傾斜があるだけに、中盤手前から脚の筋肉が悲鳴をあげはじめる。心拍は制限値よりプラス5オーバーしていたが、「打倒関川!」の目標があり意地を張って走り通す事を優先した。後半は脚がプルプルと足攣り手前の状態になっていたが、そのまま無理して関川の最後の橋を渡ったところで脚が攣りはじめてしまった。目の前に見えるトレイルに入るまでキッチリと走り通したかったが脚が攣ってしまったのでそこから歩きはじめた。しかし、9.8割は走り通せたので満足だった。一つの目標を達成できたので、もうここでレースは終わりでいいんじゃないかとさえ思っていた。
(2)へ続く…
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